三浦雄一郎の名言|子供には面白いけど、苦しいことをやらせる

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子供にはあまり「勉強しろ」とは言いませんでした。小学校の頃から「冒険しろ」「一緒にキリマンジャロに登ろう」と。要するに面白いけど、苦しいことをやらせるわけです。れを何回も経験させるんですよ。勉強だって苦しくなってくる。それを「面白くなるように工夫してみろ」と言っていたら、いつのまにか医学博士を取っていて。


三浦雄一郎 の経歴

三浦雄一郎、みうら・ゆういちろう。日本のプロスキーヤー、登山家。北海道大学獣医学部卒業後、同学部で助手として勤務。スキー学校を開設してプロスキーヤーとして活動を始める。イタリアで開催されたスピードスキーの大会キロメーターランセに日本人初参加し、当時世界新記録を樹立。ギネスブックに掲載されたエベレストのサウスコル8000メートル地点からの滑走を始め、世界七大陸最高峰からの滑降を成功させた。青森大学工業学部生物工学科教授。スペインのスポーツ英雄大賞、米国アカデミー賞長編映画部門などを受賞。

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教育ということを間違えてはいかん。子供時代の教育こそが、人間をつくる。

小学校の教員時代、問題は子どもにあるのではなくて、教える側にもあるのではないかと考えました。理解力のある子の教育はだれでもできる。しかし、飲み込みの遅い子どもを育ててこそ教育ではないか……。このことに気づいてから、私は「絶対に落ちこぼれをつくらない」と決めました。要は、分かるまで教えればいいのです。子どもがどこでつまずいているかを知り、そこを丁寧に教えることで、全員が理解できる。そして、テストでは百点満点を取るまで何度でもくり返すと決めたのです。そうすると、やっぱり子どもたちは、飲み込みの時間の違いはあれど全員が百点を取れるようになりました。

上着の綻びは直ぐ繕える。しかし、きつい言葉は子供の心を傷つける。

僕は見た目も怖そうじゃないし、当時は話術で人を惹きつけるほどの能力も持っていませんでした。だから生徒はちっとも教壇の方を向いてくれず、やりたい放題でした。そこで生徒の興味を引くために始めたのが、インパクトのある実験です。静電気をためておいてから生徒に手をつながせ、ビリビリッと感電させる実験とか、教壇から火を噴くとか、とにかく生徒が少しでも関心を示してくれる実験ができないか、常に考えていました。
【覚書き|教員時代を振り返っての発言】

母は私に舞台に対する興味を植えつけだした。自分には才能があると、私が思い込むように仕向けるのである。

俺が見事な弓矢をとることができたのは、皆、平出政秀が諌死(かんし)したからだ。【覚書き|平出政秀は信長の教育係だった人物。奇妙な格好と行動で大うつけと呼ばれていた信長を諌めるため自ら切腹した。以後信長は家の再興と天下統一に邁進する。「見事な弓矢をとる」とは、「武士として成長できたということ」を意味している】

人生そのものが、私の教えです。

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