津賀一宏の名言|研究者からマネジメントへ

研究というのは、かなり頭が柔らかくないとできない。理論的なものに関しては特にそう。私の感覚では30歳くらいまでがピーク。私は30歳くらいからマネジメントへシフトした。優秀な若い技術者の方々をマネージするのが、自分としては一番楽しかった。

津賀一宏 の経歴

津賀一宏、つが・かずひろ。日本の経営者。パナソニック社長。大阪出身。大阪大学基礎工学部生物工学科卒業後、松下電器産業(のちのパナソニック)に入社。カリフォルニア大学サンタバーバラ校コンピュータサイエンス学科修士課程修了。松下電器マルチメディア開発センター所次長・所長、パナソニックAVC社AVネットワーク事業グループAVCモバイル・サーバ開発センター所長、役員デジタルネットワーク・ソフトウェア技術担当、海外研究所担当、デジタルネットワーク事業戦略室担当、常務役員、オートモーティブシステムズ社社長、パナソニック専務などを経て社長に就任。

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『林住期』や『遊行の門』で、私は50歳までは家族のため、社会のために働いて、社会人として勤めを終えた50歳以降は世のために働くことが人生の後半期の楽しみになると提案しました。日本という国もこれからは富まずともアジアのため、世界のために役立つような生き方をするべきではないかと思うのです。

「あいつは役員に媚びている」などと陰口を叩いたり、足を引っ張る作為を施されたりしたらどうすればいいか。結論から言えば、鈍感になること。対応策はこれに尽きる。陰口を言う人間は、反応を面白がっているのだ。「私はアンテナが低くて周りで何か言われていてもまったく気づかないんですよ」と、かわしているうちに、相手は陰口を言うことがつまらなくなってくるはずだ。

好きなことに人生を懸けていれば、まず、負けることはありません。

決断したら恥も外聞もありません。会社のために命を懸けてやらないといけない。

取引でも相手企業の生い立ちを把握していないと、いい戦いはできない。「創業者が誰で、回復の立役者は誰なのか」などを知れば、企業の強みと弱みが浮かび上がってくるはず。

トップセールスたちは感覚的に売れるやり方を会得しているので、「どうすれば売れるのか」と質問しても「普通にやっているだけ」としか答えません。すべきことは、目に見える行動に対する観察です。

私が上司の立場になってものごとを考え、実質的に意思決定をしてきたのは、立身出世のためだと思われると本意ではありません。与えられている権限だけで与えられた仕事をしていても、うまくいかないからです。

悪い意図を持って技術の進化を迎え入れようとする人も出てきてしまう。けれども我々は、社会を幸せなものにしようとする人を一人でも多く増やすために、良き心を持った側として貢献していきたい。

よく考えてみると、健康な人間が病気予防の栄養剤など買うだろうか。買わないとすれば、どうすればいいか。そうだ、嗜好品として売るのだ。菓子の中にグリコーゲンを入れるのだ、という考えがついに固まったのである。そこへいくまで、私はいろいろな食品、たとえば佃煮、瓶詰、ふりかけゴマなどにグリコーゲンを入れて研究してみた。そして結局、飴菓子に混入することになったわけである。
【覚書き|グリコーゲンを栄養剤ではなく、お菓子として販売するアイデアを思い付いた当時の発言】

社会というところは、短期間に見ればアンフェアなところもある。しかし、長期的に見ればフェアなものだ。それだけに努力さえしていれば、必ず誰か一人は見ていることを忘れるな。

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