糸井重里の名言|「仕事をするのが嫌」というのが前提に組織や仕事のあり方について考えてきた

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僕は「仕事をするのが嫌」というのが前提としてあるんです。小さいときから会社に勤めるのが怖くてしょうがなくて。夢に見るほど嫌でした。「何時から何時まで会社に来い」と言われて喜んで来る人がいるとは、僕はいまも思っていません。皆いつでも「どこかに遊びに行きたい」と思っている。そのことを前提に組織や仕事のあり方について考えてきたというのが本音なんですね。


糸井重里 の経歴

糸井重里、いとい・しげさと。日本の経営者、コピーライター、エッセイスト、タレント。「ほぼ日」社長。群馬県出身。法政大学文学部日本文学科に入学。学生運動に参加するも、内部抗争が嫌になり大学を退学。その後、アルバイトをしながら宣伝会議のコピーライター養成講座に通ったのち、デザイン事務所サムシングに就職。同社在職中にTVCFアイディア賞で銀賞・金賞を受賞するも倒産したためフリーとなる。主な受賞に宣伝会議賞、東京コピーライターズクラブ新人賞・特別賞、東京アートディレクターズクラブ賞、谷川俊太郎賞、伊丹十三賞ほか。作詞家や声優、そのほか幅広い分野で活動した。

経営・ビジネス・仕事・お金・経済的に成功した人たちの言葉

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私は若いときから終始一貫、会社のために何ができるか、会社にとって一番いいことは何かを考えて仕事に取り組んできた。自分のためより会社のためのほうが、ハードルははるかに高い、だからこそ、やらなければならないという使命感が生まれ、それが仕事に迫力をもたらすのだ。

未来の予測はできませんが、当社は車を売ることよりも、人を育てることを大事にしています。人材がそろっていれば、会社は生き残ると信じています。

僕らの仕事はスポーツのように勝ち負けがわからないですから。審査員もいないので。何が正解か。そこは、むつかしい。

私は2001年がわが社の一つの原点だったと思っています。2000年はITバブルの年で、その翌年にITバブルが崩壊して、非常に厳しい経営状況に陥った。営業利益ベースで赤字に落ちたわけです。それが生まれ変わるきっかけになりました。

基本は割安な株を買うこと。しかし、大企業の子会社はダメです。親が腐ると子も腐るからです。親会社から理不尽な取引を押しつけられても、親からの天下り経営者では、それを断ることもできません。経営者が株主の方向ではなく、親会社の方しか見ない状況。それではダメなんです。小さくてもしっかりと独立した会社の、安値を買っていかなければならない。

マグロの飲食店では学生が、「何学部の何年生」と書いた名札を着けてアルバイトしています。実際に自分たちの取り組みがどういう形でビジネスに使われているか学ぶよい機会です。店で使っている食器は文芸学部の学生たちが作ったもので、メニュー作りも農学部食品栄養学科が関わってます。店の運営自体はサントリーホールディングスに任せていますが、そうやって学生を巻き込むことでモチベーションの向上につなげています。

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経営者が倒れたら、会社は大変なことになりますから、ストレス・マネジメントは人一倍気を遣っています。

嫌われない人とは、「相手のコンプレックスを刺激しない人」。

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