糸井重里の名言|やりたいことしかしたくない

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売れるものなら何でも売りたい、というわけではなく、僕にとってはTシャツを販売することも、「ほぼ日(ほぼ日刊イトイ新聞)」で文章を書くことも、同じことなんです。商品も読み物も、すべてコンテンツ。やりたいことしかしたくない。


糸井重里 の経歴

糸井重里、いとい・しげさと。日本の経営者、コピーライター、エッセイスト、タレント。「ほぼ日」社長。群馬県出身。法政大学文学部日本文学科に入学。学生運動に参加するも、内部抗争が嫌になり大学を退学。その後、アルバイトをしながら宣伝会議のコピーライター養成講座に通ったのち、デザイン事務所サムシングに就職。同社在職中にTVCFアイディア賞で銀賞・金賞を受賞するも倒産したためフリーとなる。主な受賞に宣伝会議賞、東京コピーライターズクラブ新人賞・特別賞、東京アートディレクターズクラブ賞、谷川俊太郎賞、伊丹十三賞ほか。作詞家や声優、そのほか幅広い分野で活動した。

経営・ビジネス・仕事・お金・経済的に成功した人たちの言葉


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ギャラが出る出ないとか全然関係なく、もう載っているだけでうれしくて。それより以前は、自分でお金を出して展覧会場を借りて、自分でダイレクトメールを刷って、それに比べたらタダで発表できているということのありがたさ。タダな上に、何千人、何万人という人が読んでくれているという、その感動というのはすごくありました。
【覚え書き|デビュー作がノーギャラだったことを振り返っての発言】

世間から批判され、我慢するしかない時期もありましたが、ここまで辿り着いて思うのは、「最後に勝てばいい」ということです。

これまで10人以上と漫才をしてきたけど、一番長かったのが(内海)好江ちゃん。彼女とコンビを組んだのは、終戦から5年たった1950年。私が28歳の時です。本当は別の相手と姉妹漫才をするつもりだったんだけど、それがダメになり、仲介してくれた人が連れてきたのが、当時14歳のあの子。三味線は弾けない。踊りもダメ。着物も自分では着られなかった。私には夫も子供もいた。こんな若い子と一緒にやって家族を養っていけるかしら…。さすがに一度断ったんだけど、彼女がどうしても「頑張る」と言うから始めることにしたんです。気持ちがなければ、続きませんからね。

してはいけないと思っているのは、過去を振り返ること。ずっと前を見ながら進んできた。自分が何をしたいか、何をすべきかを考え、ゼロからチャレンジする年にしたい。

うまくいかない人は頭がよすぎてリスクばかりが目につくので挑戦しようとしません。一方、ミリオネアはリスクを気にとめていなかったり、リスクの存在を知っていても「自分ならいける」と考えて、人が躊躇するところをあっさりと飛び越えていきます。この差が大きい。

「アメリカがダメだから、日本もダメだ」などと一面的な負け犬心理に陥るのではなく、先を見据え、自分でコントロールできることと、コントロールできないことを認識して、コントロールできることを中心に行動するしかありません。

相手にとって身近な例で説明すると、知識や経験の壁を越えて概念をわかりやすく伝えることができる。

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