大島有美子の名言|次の世代に何かを残せるような仕事を

20代は社会のことをほとんど知らず、周囲に迷惑をかけっぱなしでしたが、無我夢中でした。30代はラッキー続き。そして40代は、惑って、揺れて、悩んでばかりいました。でも50代には、新たな目標が見えてくる気がしています。次の世代に何かを残せるような仕事がしたい。

大島有美子 の経歴

大島有美子、おおしま・ゆみこ。日本の経営者。デビアス・ダイヤモンドジュエラーズ・ジャパンCOO(最高執行責任者)。東京出身。日本大学芸術学部、日本大学法学部卒業後、レリアン、レナウンルックなどを経て三菱商事に入社し、マーニ、クリツィアなどの海外高級ブランドを取り扱う業務に携わる。その後、ジバンシィブティック・ジャパンを経て、ウォルフォード・ジャパンに入社。同社で社長を務めたのち、リシュモンジャパンでカルティエの市場戦略企画を担当。その後デビアス・ダイヤモンドジュエラーズ・ジャパンCOOに就任。

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なんとかオープンさせたセレクトショップの出だしは好調でした。最初の2~3か月で月間約50万~60万円を売りました。特徴は接客です。1人のお客さんに、3時間くらい接客することもありました。商品数も限られていますし、話す内容は商品のことというよりは、お客さんのこと。家族構成や、学校での生活、音楽の趣味などを話しているうちに、家族のようなお客さんがどんどん増えていきました。とにかく顧客を隅々まで知る。これは僕の原点にもなっている体験です。

怒っている時の判断は誤ることが多いですから、いかに自分をコントロールするかが肝心で、総理大臣時代は常に「大忍、大忍」と心の中で眩いていたように思います。

営業マンの熱意もアピールできます。商品知識が豊富というのは当然であって、自慢することではありません。質問に的確に答えたからといって、お客様は喜ばない。結局、「いい説明員」と「いい営業マン」は違うということ。お客様を喜ばせることができるのが、いい営業マンの条件なんです。

仮説が正しければ顧客をハッとさせるような提案へとつなげていくことができるだろう。仮説が間違っていたとしても落ち込む必要はない。そもそも課題の仮説は、ヒアリングで顧客の課題に斬りこむきっかけとして活用するためのもの。見当はずれでも、別の課題発見につながっていくかもしれない。いずれにしても具体性のある仮説をぶつけることで、何か困ったことは?という問いかけより、ずっと課題に迫りやすくなる。

2009年に「デザイン革命」を打ち出し、デザイナーの佐藤オオキさんと電子式消臭芳香剤で協業しました。

私が幼い頃から夢中になったものと言えば、賭け事や落語です。メンコやビー玉などを賭けて勝負をすれば、勝つためにはどうすればいいのだろうと考えます。ほかの人と同じことをしていては勝てませんから、知恵を絞って考える。そうして夢中になって遊ぶ中で、運とツキを引き寄せる法則を学びました。これは今、変革が求められている経営環境に立ち向かい、生き残っていくための知恵にも通じています。

ネットが発達するほど、人の近接性の価値はむしろ高まっていく。

上場というのは資金調達の手段になりますが、現時点では具体的に考えていません。上場していないのは、街づくりという独特な仕事による面も大きい。六本木ヒルズを完成させるまで、17年間かかりました。もし上場していれば、「なんでこれほど長い時間、遊んでいる土地があるんだ、売却するなり利益を出せ」という話になったかもしれない。資金調達が必要であれば、REIT(不動産投資信託)を活用することもできますし、個々のプロジェクトで森ビルの開発理念を共有してもらえる投資家を集めることもできる。

人生は登っていく時期もあれば、必ず下っていく時期もある。

社員が社長の意のままにならないと思われる場合でも、根気よく、誠意と熱意をもって説得すれば、やがては必ず聞いてもらえる。

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