安岡正篤の名言|何をしたかということと、どういう人間かということは別

ずるいことをやったり、人を押しのけたりして、地位や財産をつくるのも人間の能力、知能のひとつであります。それを使っていろいろのことができる。できるけれども、そんなことができても、これは人間としては少しも偉いことではない。社会的には偉いかも知れぬが、人間としてはむしろ恥ずべきことであります。何を為すか、何をしたかということと、彼はどういう人間か、いかにあるか、ということとは別である。

安岡正篤 の経歴

安岡正篤、やすおか・まさひろ。日本の思想家。陽明学者。大阪出身。東京帝国大学法学部政治学科卒。卒業時に出版した『王陽明研究』が反響を呼ぶ。大学卒業後、文部省に入省するも半年で退官し東洋思想研究所を設立。大正デモクラシー期に伝統的日本主義を説いた。その後、日本の多くの指導者に影響を与えた人物

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現在会社は5つの蓄積を社是として実践している。「信用」「資本」「奉仕」「人材」「取引先」以上5つの蓄積である。私たちは5つの貯蓄の精神を基盤にしてその実践を身近い現実のものに見て、今日から明日へと自分たちの周りをさらに充実していきたいものである。

私の周辺でも、「あいつは欠かせないな」という人物が何人かいる。そのような人物は、ある特定の問題の専門家であるというよりは、「場」をつくることができる人物だというケースが多い。単純なようだが、宴会のときに注文などを仕切ることができる。話題を絶やさずに、その場にいる人を楽しませることができる。その人がいると、何とはなしに安心で、楽しい。姿が見えないと、あいつはいないのかと探してしまう。そういう人は、必要な人だ。人と人との関係を、潤滑油として触媒することができる。そのような人は、結局、会社に求められる。

企業は常に変革していないとダメだ。

単なる能天気では困るわけですが、悲観していても何も始まりません。私は、社内で何か言う時は、最後はいつも「会社も家庭も明るく」と言って締めることにしています。

創業者が諦めない限り、基本的に会社は潰れない。

組織の中に自分の責任を回避し、自己正当化して出世していく人がいると、周囲の人たちは疑心暗鬼に陥り、諦め感が強まります。「あんな人が出世するなんて、ちゃんとやっている私たちの立場は?」と、上司に対しても猜疑心が起きて組織を離れ、いずれは組織自体が崩壊してしまいます。

価格体系の在り方は、資本・労働・租税・社会貢献までトータルに含めた「フルコスト主義」で考えるべき。

周囲から見て貧乏くさく見えるかどうかよりも、本人がお金に対してどのように接しているのかが重要なポイントです。衣服にお金をかけずに安いものばかり来ていると、周囲からは貧乏くさいと思われるかもしれませんが、衣服に興味のない人にとっては合理的な判断です。貧乏くさいというよりは、メリハリのあるお金の使い方をしているといえるでしょう。

若者論というのは、コミュニケーションツールだと思うんですよ。誰でも一度は若者であって、若者ではなくなるから、「最近の若者はこうだ」と言うと、たやすく社会語りができた気になれる。ここに、若者論がコミュニケーションツールとして量産され続ける理由があるのではないでしょうか。

メンター(師)は得ようとしないで得られることは絶対にない。自ら探し、会いに行く。その努力によって得られるのがメンターです。

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