水木しげるの名言|うんと頭を使って、漫画に噛り付いてきた

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私が漫画で食えるようになったのは40歳を超えてから。ベビイ(子供)のころから憧れていた絵で食う暮らしにたどり着き、命の次に大切な眠りすら削って、うんと頭を絞って、漫画に噛り付いてきた。


水木しげる の経歴

水木しげる、みずき・しげる。日本の漫画家。大正時代、大阪出身、鳥取育ち。幼少期から絵を描くことが好きで自作の童話をつくっていた。日本大学付属大阪夜間中学(のちの大阪学園大阪高等学校)在学中、太平洋戦争の召集令状が届く。ラバウルへ出征し、爆撃により片腕を失う。帰国し武蔵野美術学校に入学。神戸市兵庫区水木通りにあった安旅館を買い取りアパートとして経営。アパートの住人のつてで紙芝居画家となる。その後、漫画家となり数多くのヒット作を描いた。代表作に『墓場の鬼太郎(ゲゲゲの鬼太郎)』『河童の三平』『悪魔くん』など。

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私は意識してものごとを前向きに考えるようになってから人生が変わった。前向き思考は誰でも訓練で身につけられるので、ぜひやってみてほしい。

ホンダにコンピューターを入れたのは、日本の自動車会社の中で一番遅かったんじゃないかと思います。なぜかというと、自分たちの能力がまだ未熟のうちにコンピューターを入れてしまうと、人間がコンピューターを頼りにしてしまうからです。コンピューターに何を入力すればいいのかもわからないうちに買ってしまうとそうなります。

生産能力も限られているのであらゆる部品を闇雲に供給するわけにはいきません。経営者の姿勢などを見て、「このメーカーはこれから伸びる」と見当をつけ、付き合っていく相手を絞り込むことも今後は必要になる。部品メーカーとしては、この「見極める力」が重要になるでしょう。

馬は強く反応して、癖のないことが大事である。総じて武道具に関しては、馬もほどほどによく歩き、刀・脇差もほどよく切れ、槍・長刀(なぎなた)もたいがい刺し通り、弓・鉄炮も過度に強い破壊力はないほうがよい。武器そのほか好みが偏ってはいけない。余るのは足りないのと同じこと。人まねをせず、自分の身に応じ、武器は自分の手に合うようでなければならない。

どんなことでも、考えて実行するのはそう難しくはありません。しかし、そこに工夫がなければ成功しないし、儲からない。

「心と身体は重なっている」と言っていいほど、互いに強く影響し合っています。マイナスの思考や感情があると、いつもと同じように仕事をしているつもりでも、大きな疲れを感じるし、効率も落ちてしまう。頭では「大丈夫」と思っても身体は正直なので、身体の言うことが正しいと考えるべきでしょう。

住宅の場合、片づけのゴールは「居心地の良い場所」にすることです。家族それぞれの価値観を重視し、すり合わせることが最優先。

この事業は人が行うものですから、人材に注力している企業でなければ。

教育の一環として、社員には「経営幹部を目指すのであれば、まずは歴史と哲学の本を読め」と言っています。賢い人や愚かな人、軍師から大将まで、歴史というのは人物の巣窟です。歴史の本を読めば、世の中には色々な人がいるということが、よく分かります。

ケンカというのは落としどころ、ゴールが見えていなければダメ。感情で怒るのではなく、役割とか立場を踏まえてぶつかる。お互いわかっているから、エスカレートしません。一見声を荒立てても、それはパフォーマンス、演技なんです。だからいい外交官はいい役者でもある。

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