益子修の名言|元経営幹部の経営責任を追及し過去と決別する重要性

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先輩方に対して法的な追及をするという、大変厳しい決断でした。ただ、あのときを境に、過去と決別できたと思っています。リコール問題をすべて洗いざらいテーブルの上に乗せて、再発防止策をアナウンスし、組織も変えたことで、ようやく新しい再生計画がスタート地点に立てたんです。
【覚書き|元会長、元社長、元取締役、元執行役員に損害賠償請求を行った当時を振り返っての発言】


益子修 の経歴

益子修、ますこ・おさむ。日本の経営者。三菱自動車社長。東京出身。早稲田大学政治経済学部卒業後、三菱商事に入社。主に自動車部門と輸出部門に携わり、執行役員自動車事業本部長を経て、三菱自動車に移る。海外事業担当常務として経営再建に関わったのち、同社社長に就任。

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私が社長になったころから多角化路線とは決別し、当社の強みを生かせる事業に経営資源を集中させました。その結果、小型液晶ディスプレーやインクジェットプリンター、眼鏡用累進焦点レンズなど世界一の製品がいくつも生まれました。

現場主義を貫けたことと後継者に恵まれたことが何よりうれしい。会長退任のお別れ会で、私は社員にそう話しました。その日まで店の制服を着て、腕まくりで働き、その精神を継いでくれる人間にバトンを渡せたからです。浜島俊哉社長は18歳からアルバイトとして壱番屋で働きはじめ、当社を隅々まで知っている。彼が我々夫婦を追い越してくれたのだから、安心して退任できました。

顧客の至上性についての伝統的な考え方がかえって有害で、拒否すること、場合によっては決別することが賢明な策である状況がいくつかあります。

  1. 顧客の値引き要求がこちらの儲けをなくしてしまう場合。その要求を飲んだ場合、業界の価格設定に混乱を招く恐れがある場合。
  2. 顧客が一回限りの製品を要求し、しかもそれがこちらの研究開発グループを会社の戦略目標や財務目標から外れた脇道に追いやるような製品の場合。
  3. 顧客がこちらの社員に横柄な態度で対応する場合。

初代家元である祖父の蒼風は、型通りにいけるいけばなに疑問を持ち、華道家である父親と決別して草月流を創流した型破りな人。「建築が変われば空間が変わり、花も変わる。時代とともにいけばなも進化する。床の間だけで花をいけてはダメだ」というのは、創流当時からの教えです。

経営には一層の工夫が必要。工夫の決め手は自前主義からの決別と、外の良いものを取り入れる柔軟性。

米国の方々の会社から招へいがあったが、江崎君と相談の上、江崎君の今後の研究を本当に生かす最善の方法としてIBMに移ることを決めた。世間では喧嘩別れをしたのと、どうのと大変やかましいことだったが、私はあくまで彼の才能を伸ばせるだけ伸ばすための処置だった。
【覚書き|ソニー社員だった江崎玲於奈氏がエサキダイオードのトンネル効果理論を発表した当時を振り返っての発言】

私は技術屋じゃないから、どっちが正しいか返事はできない。ただ、あなたは技術屋の本田になるのか、社長の本田になるのか聞きたい。こんなことを言うのは初めてだけど、私も言いだすと聞きませんから。そのときはお別れします。
【覚書き|本田宗一郎と若手技術者が、4輪車のエンジンを空冷にするか水冷にするか言い争っているのを見て言った言葉】

有価証券で飯を食っていては、地域のための信組などとは言えません。そこで有価証券の売却を断行したのです。実現損が発生して赤字になることは明らかでしたが、過去と決別して生まれ変わるために、あえて赤字からのスタートを選んだのです。

表面的な外見を磨くのは、第一印象を上げるためにすること。2人称の意識を持ち、別れ際の印象にまで気をつけて、第二印象を高めていく工夫を凝らしてください。

全国チェーンに生まれ変わるために、200年続いた岡田屋の名前を捨てる決断をしました。200年の歴史と決別したのは、ゼロから出発してまったく新しい会社になるという強い決意を社員一人ひとりに持ってもらう狙いがあったのです。

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