田中和彦の名言|将来の夢に向かって地道に努力を続ける

リクルートの編集長時代は、分刻みで働いていたにもかかわらず、なんとか時間を捻出して映画のシナリオ学校に通っていました。そのときの自分は、仕事する自分でも、趣味を楽しむ自分でもなく「いつか映画の仕事をしたい」と願って地道に努力を続けていたもう一人の自分でした。念願叶い、いまでは映画のプロデュースも仕事にしています。

田中和彦 の経歴

田中和彦、たなか・かずひこ。日本の人材コンサルタント。大分県出身。一橋大学社会学部卒業後、リクルートに入社。同社人事課長として社員の採用・教育・能力開発などを担当したのち、広報課長を経て、転職情報誌『週刊ビーイング』『就職ジャーナル』など4誌の編集長を歴任。ギャガ・コミュニケーションズ副社長、クリーク・アンド・リバー社執行役員、キネマ旬報社代表取締役などを経てコンサルタントとして独立。プラネットファイブを設立。そのほか、書籍、映画、雑誌などのプロデューサーとしても活動。

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戦略を立案するのは、経営者はもちろんのこと、特定の利益責任を負っている事業のラインマネジャーのような人の役割です。しかし、いまそうした人はプレイングマネジャーとして自ら成果をあげることが求められ、仕事に追いまくられているのが現状です。

失敗したとき、「悔しい」と思えるかどうかが重要な分かれ目。本当に悔しいと思えば、学ぼうとするはず。周囲で成果を上げている人を観察し、その人がやっていることを真似るでしょう。そうすれば、成果につながりますから、結果として成功体験が得られる。

日本では、リーダーシップというのは、企業の中で、相当上の職位についたり、幹部になったりしなければ必要とされないという考え方が支配的かもしれませんが、それは必ずしも、それから身に付けても遅くない、ということを意味しません。就学期にリーダーシップを鍛えるような機会を得られれば、就職した後の長い人生において大きな財産となるのではないでしょうか。

1990年にウォシュレットを米国市場で発売しましたが、テレビコマーシャルなどのオーソドックスな営業戦略はことこ、とく空振りに終わりました。そもそも、お尻を水で洗うという発想が全くありませんでしたから。ウォシュレットを使ったことがある人がいないといくら宣伝しても響かないんです。それが、ある時から急に売れ始めたんです。きっかけは、仕事や旅行で日本を訪れた米国人が、ホテルに設置したウォシュレットを実際に使ってみて、評判が広がったそうです。徐々にハワイや西海岸から売れ始めました。

事業環境は大きく変化しています。動画配信サービスが増え、インターネットでもいろいろな番組が観られるようになりました。ただ、媒体がなんであれ、いかに魅力的なコンテンツを提供できるかが、チャンネル事業拡大のカギであることには変わりありません。

社長就任後に最も力を入れたのは、組織の方針や価値観を社内に浸透させること。それらを端的なキーワードに落とし込み、何度も繰り返し言い続けることを心がけています。

悩みや懸案事項などが、走ることでいったんリセットされる。行き詰まった時ほど、無心で走って頭をスッキリさせると、アイデアが浮かびやすくなる。思考を深めたい人は、走りながら考えればいい。

中西社長(中西宏明・前社長)から学んだことは、自分の考えを明確に語ること。この点を見習っている。意思決定のスピードを速めるには、「私はこう思う」というものが必要だ。それがスピードの源泉となる。新人時代、仕事のイロハは中西社長に教えてもらった。

私のこれまでの50年は今日以後のための準備だと思うようにしたい。つまり、これからだということ。

結局、再生に一番大切なのは「人」です。トップ、幹部、スタッフがやる気を持ち、一丸となって取り組めば、企業は再生します。

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