諸井貫一の名言|段階的、長期的な経営計画を立てる

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私は社長に就任して一番強く決心したのは、戦争時代からの持ち古しの老朽設備をなんとか若返らせて、生産性の向上をはかりたいということであった。こんな設備は思い切って捨ててしまい、新工場でもつくった方がよいと思ったが、それには莫大な資金が必要なうえ、当時は必ずしも最新式の技術を導入できる段階でもなかったので、私はむしろ着実な方法を選んで、まず厳重な年次計画を立て、第一期、第二期という具合に資金計画とにらみ合わせながら工場の若返りと能力増加をはかっていった。


諸井貫一 の経歴

諸井貫一、もろい・かんいち。日本の経営者。秩父セメント社長、秩父鉄道・埼玉銀行・日本煉瓦製造会長。東京出身。東京帝国大学大学院経済学研究科修了後、同大学で工業経済論の講師を務める。その後、父(恒平)の創設した秩父セメントに入社。支配人、常務などを経て社長に就任。そのほか経団連、日経連、経済同友会の設立などに尽力した。日経連初代会長、経済同友会初代代表幹事を務め、産業振興に努めた。東大での講師生活は実業をやりながら20年も続いた。

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