諸井貫一の名言|自分の進むべき道を決める

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当時すでに第一次世界大戦の胎動があったし、日本の産業は飛躍的な発展を見せようとしていた。そのような社会情勢の中で、私は人間に最も必要な学問は経済学だと考えた。産業を発展させ人間の未来を豊かにし、新しい社会を創造するのは経済学をおいてないと思ったのである。それに私の家は曾祖父の代から実業に従事し、父もまた実業界の人となっていた環境も影響したと思う。漠然とではあるが、私は自分の行く道もやはり実業界と決めていた。
【覚書き|大学生時代を振り返っての発言】


諸井貫一 の経歴

諸井貫一、もろい・かんいち。日本の経営者。秩父セメント社長、秩父鉄道・埼玉銀行・日本煉瓦製造会長。東京出身。東京帝国大学大学院経済学研究科修了後、同大学で工業経済論の講師を務める。その後、父(恒平)の創設した秩父セメントに入社。支配人、常務などを経て社長に就任。そのほか経団連、日経連、経済同友会の設立などに尽力した。日経連初代会長、経済同友会初代代表幹事を務め、産業振興に努めた。東大での講師生活は実業をやりながら20年も続いた。

経営・ビジネス・仕事・お金・経済的に成功した人たちの言葉


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TODOリストの情報にプライオリティはつけますが、仕事とプライベートの区別はしていません。仕事のほうが大事だからと私用のやるべきことを疎かにしていたら、日常生活がうまくいかなくなってストレスがたまり、結局、仕事にも影響が出てしまうと考えるからです。

技術革新が激しいエレクトロニクス業界で40年にわたって成長を続けてこられたのも、創業当時から新技術・新製品に探究心や好奇心が旺盛な社員が多く、市場の変化にいち早く対応できたからです。

これからのビジネスパーソンは、定時の中で成果を残すことが評価に結び付くようになります。「仕事はできないけど、その分、人の二倍の時間働いて成果を出します」という考え方が通用しなくなるわけです。

社員には、「今の状況がずっと続くと思うなよ」と言っています。

今は大企業的なやり方そのものが時代に合っていないと思う。サッカーの試合で、自分の前にいい球が来たとき、監督に指示を求めるわけにいきません。チャンスではその場で瞬時に判断することが必要で、そこでシュートを打てる人をどう育て、あるいは連れて来るのか。この辺にかかっていると思います。

優等生で負けを知らずにきた大人、特に40代の男性は非常にもろい。

問題解決や新企画の開発など、何をするにしても、「その目的はなんなのか」をしっかり理解していなければ、判断を間違えてしまう。

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