工藤公康の名言|目標が人に力を与える

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僕の場合、ランニングをしながら「今日何をやらなければいけないか」を考え、キャッチボールをしているときも実戦を想定しながら一球一球の感触をチェックし、どうすればいいかを考え、その都度修正しながら汗を流します。もう一度、一軍のマウンドで投げたいという気持ちがそうさせるのです。


工藤公康 の経歴

工藤公康、くどう・きみやす。日本のプロ野球選手、監督。愛知県出身。名古屋電気高等学校(のちの愛知工業大学名電高等学校)時代、甲子園で史上18人目のノーヒットノーランを達成。高校卒業後は西武ライオンズに入団しチームの要となった。その後、ダイエー、巨人、横浜と渡り歩き多くのタイトルを残した。通算29年間にもわたる長期間現役を続け、41歳で200勝を達成し、当時の史上最年長記録を更新した。引退後、福岡ソフトバンクホークスで監督を務めた。

経営・ビジネス・仕事・お金・経済的に成功した人たちの言葉


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相手の成長を本気で願う気持ちがなければ、本当の意味で自分の味方になってくれない。

自分から進んで、仕事の幅を広げていく必要がある。

高収入のビジネスマンの方とお会いした後で感じることは、皆さん、レスポンスが早いこと。

ソニーとエリクソンの合弁会社、ソニー・エリクソン・モバイルコミュニケーションズ・エー・ビーの社長として英国に赴任した当時は、21カ月という長期にわたって利益が出せず、精神的につらい時期を過ごしました。ロンドンを拠点に平日は飛行機で飛び回るため、肉体的にも消耗していたのですが、そんな時期を支えてくれたのが、英国に赴任している仲間との週末のゴルフでした。英国でのゴルフはカートに乗らず自分の足で回るので、かなりの運動量になります。その運動と、プレー後の仲間との食事がいい気分転換となり、仕事に向かう活力にもなったのです。その後に業績は急回復し、結果を出すことができました。当時の苦労をともにした仲間とは、今でも1年に2回のラウンドが恒例行事になっています。

商社にいたときも出世にはあまり関心がなく、それより自分はどんな仕事をやるべきだろうと考えていました。そして、ディーコープを任せると言われ、経営者としての責任を負ったとき、自分は何のために生まれてきたのかと考えるようになりました。その答えは、青臭いかもしれませんが、「周囲の人を幸せにしたい」と本気で考えています。

現場をしっかり見れば問題が見えてくる。旅館の再生をやった時は自分で配膳の手伝いもしたし、風呂洗いもしました。風呂桶に穴が開いていたので取り換えるように従業員に指示すると、「檜の風呂を取り換えると1千万円は掛かる」と言う。でも、知り合いの業者に尋ねたら「80万円でできる」と(笑)。そういうことも、自分で風呂桶を洗っているからよく分かるんです。

遠回りしながらも、もがいて身につけたものの方が、簡単に得たものよりも後々まで役立ちます。

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