山田佳臣の名言|自分を広げるには

自分で発案して、自分でぶつかっていく。そういう仕事に就けば、否応なしに自分を広げざるをえなくなります。

山田佳臣 の経歴

山田佳臣、やまだ・よしおみ。日本の経営者。東海旅客鉄道(JR東海)社長。東京出身。東京大学法学部卒業後、日本国有鉄道(国鉄)に入社。職員局職員課補佐などを務めたのち、国鉄分割民営化でJR東海に移籍。総務部勤労課長、人事部人事課長、総合企画部東京企画部長、秘書室副室長、人事部長、総合企画本部長、事業推進本部長、常務、専務、副社長などを経て社長に就任。

経営・ビジネス・仕事・お金・経済的に成功した人たちの言葉

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言葉はごまかしが多い。逆に、言葉をうまくしゃべれないと、ごまかしきれないから、お互い素っ裸の姿が見えてくることがあります。言葉はコミュニケーションの手段にすぎない。だから、流暢にしゃべれればいいというものでは全くありません。

他社と同じものでは勝てないので、高付加価値の技術による差異化が必要。

若い頃、手塚治虫先生の漫画の描き方をひたすら真似ていた時期がありました。自然物の描き方は「釣りキチ三平」の矢口高雄先生を研究しました。小川のせせらぎを感じさせる光の入れ方など、とにかく矢口先生のテクニックは素晴らしかった。研究して真似て取得することで、いつしか自分流の描き方になっていった。

人間は非合理的な感情を持った動物ですから、体系的な手法では解決できない非合理的な側面をたくさん持ち合わせています。できなければ恥ずかしいとか、負ければ悔しいといった、人間の原初的な感情が強靭なバネとなって、ものごとに邁進する強い情熱を掻き立てます。目的を達成しようとする強い意志を備えた情熱が、事業を遂行し、競争を勝ち抜く力となります。

研究開発のあり方が大きく変わろうとしている。自社内だけで行っていると、「ノット・インベンテッド・ヒア・シンドローム(自前主義症候群)」といって、別組織が生み出したものであることを理由にその技術やアイデアを「うちにもっといいものがある」と受け入れない意識になりがちだ。しかし、医薬品産業も変革期にある今、それでは取り残される。

マスメディアが中心だった20世紀までは、みんながハリウッドの1人のスターを見ていた。しかも単に受け身で見ているだけ。ところが、情報化社会ではユーザーの一人一人が発信者であり、受け手になる。出来上がったものを受け身で鑑賞するのではなく、ユーザーが自ら初音ミクを発表し、発信できるようになった。

大事なのは、早め早めに上昇相場を捉えて、リズム良く投資リターンを積み上げていくこと。一度の上昇相場で腹いっぱいもうけようとはせず、毎回そこそこの利益を積み上げるので構わない。それらが、複利効果をもたらしてくれるにつれ、とんでもない財産となっていく。避けなければならないのは、相場を意識し過ぎて後手後手の投資を繰り返すことだ。

大事なのは地域らしさを出すこと、スタッフが楽しんでサービスを考え、トライすること。そうなれば、いずれは正解に辿り着き、チームも強くなります。

何かと平均値が気になるのは、一番比べやすいからです。何かを説明するとき我々はよく「一口でいうと」という言い方をしたがり、相手も聞きたがります。本当は一口では説明しきれないのに、そうした言い方でわかったような気になる。平均値と比べたがるのも、これと同じようなものでしょう。

住友金属小倉に社長として就任した当時、平成の大不況で業績は極端に悪化していた。しかも、競争社会の中では当然であるが、分社化を悪くとらえ、存続を危ぶむうわさも流れました。主力製品はシャフトなど重要保安部品向けの特殊鋼で、並み居る強敵も数多く存在していました。住友金属小倉を蘇らせるために構想の要は何かを思案するうちに、古い高炉に目が向きました。通常、高炉は20年から25年も稼働し続ける。それだけに先を読む深謀遠慮が不可欠です。しかし、古い高炉のままでは、二・三年のうちに生産量や品質面で顧客のニーズに応えられなくなり、ジリ貧になっていくのは明白でした。多くの関係者を膝詰めで説得し、高炉建設という乾坤一擲の勝負に打って出ました。

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