内藤忍の名言・格言|付き合う人の基準は「楽しいから」でいい

付き合う人は単純に「楽しいから付き合う、楽しくなければ付き合わない」という基準で決めています。楽しいというのはひとつの価値なので大切にしたいと思いますし、たとえ役に立つ話を教えてくれても、一緒にいるのが苦痛であればその関係は続かないでしょう。

内藤忍 の経歴

内藤忍、ないとう・しのぶ。日本の経営者。マネックス証券系列会社の金融教育会社マネックス・ユニバーシティ社長。東京大学経済学部卒業後、住友信託銀行に入社し10年にわたり為替ディーリングをはじめ、各種金融商品による運用業務に従事する。MITスローン・スクール・オブ・マネジメントにてMBA取得。シュローダー投信投資顧問で債券と国際分散投資担当のファンドマネジャーを務める。マネックス証券設立に共鳴し同社へ移り商品開発、資産設計などを担当する。各種資産運用セミナーで個人投資家へのアドバイスを行っている。主な著書に『内藤忍の資産設計塾シリーズ』『こんな時代を生き抜くためのウラ「お金学」講義』『高校生にもわかる「お金」の話』など。

経営・ビジネス・仕事・お金・経済的に成功した人たちの言葉

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何が何へ影響をもたらすか分からない、あらゆるものがあらゆるものに関係している。それがポストモダンのパラダイムです。すべてのことが論理的に解明できると考えていたら、状況把握は間違ってしまう。だから、世界観はもういまとなってはポストモダンの世界観でなければならないんです。

働くということは人生におけるすべての基本である。働かずに食う法、働かずに金を儲ける法、働かずに出世する法があろうはずがない。だから、少しでも早くこの「働き」の習慣を身につけるのがその人の一生の大きな幸せといえる。

私は関君(のちに同社社長となった関義長氏)と相談して社の内外に社長適任者を求めることにし、労働組合に対しても「今度社長を置くことにした。候補者は何も現重役には限らない。社員の中からでも社外からでもいいから、諸君のいいと思う候補者を推薦してほしい」と協力を求めた。こんな例はおそらく三菱始まって以来であろうが、私どもとしては全従業員の協力なしで今後会社再建は不可能と見たので、あえて労組の協力を求めた。
【覚書き|太平洋戦争後、重役のほとんどが公職追放されてしまった当時を振り返っての発言】

人生の目標を持つ前は自分の暮らしだけで精一杯だったのですが、持ったことでそれまでの消極的な考え方が180度変わりました。そうすると、休みなく働いていても全然辛くないのです。

ラグジュアリービジネスを展開するには、伝統と革新の間でバランスをとることも大切です。シャンパンのモエ・エ・シャンドンが創業したのは1743年で、フランス革命よりも前のことです。日本で江戸時代中期にできたブランドが今日まで成長していることになります。ナポレオンはモエ・エ・シャンドンを愛してやまず、ロシア遠征でも手元に置きました。このような歴史と伝統を守りながら、なおかつイノベーションを起こしていく必要があります

タイに進出するにあたりバンコクに工場を作りました。日本の食材を向こうに運ぶと関税が約220%もかかってしまうんですよ。そのためメンマなど一部の具材を除き、麺も餃子もスープもタレもすべて現地工場で生産しています。現在は1店舗だけですが、今後直営で5店舗まで拡大する予定です。タイでは国内とは異なり、スピードを重視してフランチャイズで展開します。5~6年で100店舗展開していければと考えています。ほかの国については現時点では考えていません。ドミナント戦略でタイできっちりと展開した後に考えます。コスト削減効果がない展開計画は一切立てません。

外回りの多い営業マンの場合、1日に1時間や2時間のスキマ時間が生まれることも珍しくありません。この時間を無為に過ごして、その分残業時間が増えてしまうのは、あまりにもったいないことです。どうか時間の有効活用を心がけ、1日を豊かで濃密なものにしてください。

本来、目標というのは、割り算で決めていくべきものなのです。10年後の自分がどんな生き方をしていたいかを思い描き、その10年後を実現するために、5年後までに、3年後までに、1年後までにはこうしようという目標を、それぞれ割り算で設定していくべきものだと思うんですね。

私たちの時代も、新入社員として仕えた上司の仕事を通して、お辞儀の仕方から始まって、人との接し方、仕事への姿勢などすべてを真似していくことから始めました。自分たちがどれだけ若い人たちに影響を与えるかを自覚することは、自らを律することにつながるはずです。

空手をやれば、年をとっていても若者と同等です。昇段試験などで組手の試合をするときには、本心ではとても怖いのですが、飛び込んでいくしかありません。黒帯を締めるようになれば、後輩の手前恥ずかしいことはできませんから、なお精進しなければなりません。

「周りに損をさせない」。商売人だった母から教わったこの思想が東急グループの今の事業にもつながっている。

お客様に少しでも高く買っていただくには、売り手に知恵がなければいけない。安売り競争は知恵など必要ない。下請け苛めをするだけだからです。それで自分たちの商売がうまくいっていると思ったら大間違い。楽な道を進んでいるだけです。

2000年代の前半の反省を踏まえて、唯我独尊的につくりたいクルマをつくるのではなく、仮説という名の思い込みでつくるのでもなく、きちんと事実に基づいて考えようじゃないかと。そういう方向に大きく舵を切ったわけです。私は当時、戦略本部というセクションで商品企画を一から見直す作業をしましたが、社内の危機感は非常に強かったことをよく覚えています。

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