知識賢治の名言・格言|部下への注意の前に、いい部分から話す

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一番大事なのは、相手の良いところから先に話すこと。たとえば「君はやっぱりこういうところが優れていると思う。だけど、実はこういうところは課題だと思っている」と言う。この順番を間違えると、感情的に受け入れてもらえないケースが多い。


知識賢治 の経歴

知識賢治、ちしき・けんじ。日本の経営者。「カネボウ化粧品」「テイクアンドギヴ・ニーズ」「日本交通」社長。神戸出身。同志社大学法学部卒業後、鐘紡(のちのカネボウ)に入社。カネボウ化粧品に配属され、大阪で営業を5年経験。その後、マーケティング、経営企画部門、新規事業企画などに従事。化粧品大ヒットブランド「リサージ」の立ち上げに参加し、子会社化の際に株式会社リサージの社長に就任。その後、カネボウ化粧品に戻り社長に就任。退任後は結婚式関連事業のテイクアンドギヴ・ニーズ社長、日本交通社長などを務めた。

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ものごとを考えるときには、なぜそうなったのかを知ることが大切です。そのために、海外メディアから情報を取得したり、歴史を検証する必要があるのです。

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趣味を持たず、友達を一人もつくらず、妻と二人三脚でひたすら事業に没頭してきました。おかげさまで、「店舗数が世界一のカレーチェーン」として、ギネスにも認定され、53歳の時に生え抜きの社員から後継者を選び、経営から身を引きました。「本当にやりきった」というのが正直な実感でした。

不景気でジタバタするのは、甘やかされて育った人間だ。職がないなどと悲観的な論調が強いが、自分勝手な思い込みであることも多いのではないか。私が若かったころ、選べるほど仕事はなかった。実家は商家だったから、中学を卒業したばかりの若者を集団就職で何人もとった。無休で、休みは日曜日と盆と正月だけ。若い衆はいつも三畳一間に5、6人で暮らしていた。住み込みで飯は食わせてやる。給料がない代わりに、仕事を覚えさせてやるという奉公の時代である。私自身も貧苦に耐えた。9歳のとき家業が没落し、父母は失踪、離婚。あばら家で祖父と暮らすことになった。

「自分はこれをやるべきだ」という志を持ち、高いモチベーションを保たなければ、リスクを取る決断はできない。

ものごとを完成させるには、才能や技量よりも時間による成熟を信じながら絶えず進んでいくという気質が、決定的な役割を果たす。

これまでの成長の過程で、チェックリストがいっぱいできたり、承認印が増えていったりしました。仕事の精度を上げる方向には向かいましたが、それはスピーディではありません。

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