川村隆の名言・格言|会社の危機に要職を引き受ける

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一晩考えて、会長兼社長就任を受けたのは大きく二つの理由からだ。50年近く世話になった日立が未曽有の危機に瀕している。馳せ参じなければならないという思いがまずあった。もうひとつは、グループ会社に出ていた経験が逆に生かせると考えたからだ。
【覚書き|2008年の世界金融危機で7873億円という巨額赤字を出した日立本社から会長就任要請を受けたときを振り返っての発言】


川村隆 の経歴

川村隆、かわむら・たかし。日本の経営者。「日立製作所」社長・会長、「東京電力ホールディングス」会長。北海道出身。東京大学工学部電気工学科卒業後、日立製作所に入社。電力事業部火力技術本部長、日立工場長、取締役、常務、副社長、子会社の日立ソフトウェアエンジニアリング会長、同子会社日立マクセル会長などを歴任したのち、日立本社の会長兼社長に就任。世界金融危機によって7873億円という巨額な赤字を計上した同社を2年でV字回復させた。そのほか経団連副会長、東京電力ホールディングス会長を務めた。

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【覚書き|米国のBSE問題などによって全店舗中3分の2が赤字店になってしまった当時を振り返っての発言】

「当たり前」と思っていることを見直すことが大事。

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