石田淳の名言|できるだけラクに楽しく続けるということが、最終ゴールへの近道

サポーターに応援をしてもらったり、ちょっとしたご褒美を設定したりというのも良い方法。できるだけラクに楽しく続けるということが、最終ゴールへの近道です。

石田淳(コンサルタント) の経歴

石田淳、いしだ・じゅん。日本のコンサルタント。行動科学マネジメントの専門家。ウィルPMインターナショナル社長。社団法人組織行動セーフティマネジメント協会代表理事、アメリカの行動分析学会ABAI会員、日本行動分析学会会員。主な著書に『3日で営業組織が劇的に変わる行動科学マネジメント』『行動科学で人生を変える』『教える技術』『組織が大きく変わる最高の報酬』『短期間で組織が変わる行動科学マネジメント』など。

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私は以前、アメリカで外国人の部下とともに働いていたことがあるのですが、彼らは定時になるとサッと仕事を切り上げ、家族と過ごしたり、趣味を楽しんだりしていました。その代わり朝から猛烈に働きます。このように、「休む時間」あるいは「弛緩する時間」があればこそ、集中することができるのだと痛感しました。

会社というものは、やはり継続が大切です。徳川家康は元気なうちに席を譲って駿河に行きました。私も元気なうちに次の人にバトンタッチしたほうがいいと判断しました。

「顧客満足度を高めよう」という大まかな方針を決めて、次に具体的な施策を打ち出さなければならないときに、多くの会社は、たとえば「顧客訪問の回数を増やす」とだけ漠然と決めて、具体的な数値目標を立てない。そういう会社に限って「いま、営業マンは月に何回訪問しているんですか?」と聞いても、ほとんど答えられません。訪問回数を増やそうにしても、現状を把握していなければ、どこまで訪問頻度を高めれば顧客の満足度が上がるのかもわからないのです。

大正3年に三ツ矢サイダーの瓶の供給契約を更新した。ところが、同年欧州戦争が始まった。瓶の原価が上がった。こちらはそれにつれて値段をあげたいところだが、そうすると鉱泉(サイダー)会社は成り立たない。瓶の値段は鉱泉会社の採算と金融を一番大きく左右するものなのである。私は大きな犠牲を払って、大正3年に契約した値段で最後まで供給した。そのために自動製瓶機でマスプロ(大量生産)をさらに高め、コストを下げた。

何試合も戦って、防衛もしてきたんだけど、実際にリングに上がる前は、いつも逃げることを考えていたよね。とくに世界チャンピオンに初挑戦し、ファン・ホセ・グスマンと戦ったときは、人生最大の賭けというか、正直いって怖かった。夜寝られなくなって、打ち合いの展開を頭のなかで描いては消し、描いては消ししてやっと、もう倒されてもいいから、とにかく「逃げない」と決意した。でも、試合当日に控室で出番を待っている間も、怖くて何度トイレに行ったか! どこも人の目があって、逃げる場所はトイレしかなかったんです。生まれて初めて石垣島のほうに向かって、震えながら「お袋、勝たせてくれ」って祈りましたよね。でも、リングに上がって、ゴングが「カーン」と鳴ると、一瞬にして恐怖心が闘争心に変わるのがわかった。

「これが最後かもしれない」という思いを常に抱えています。僕はデビューの前年、業界紙の記者をしているときに急性肝炎をやっています。入院し、余命宣告も受けました。33歳のときです。それからの1年は、僕にとって自分の生き方を変える、本当に大きな転機となりました。僕自身、この日を境に物事を1つ1つ、短いスパンで考えるようになりました。命がいつまでもあるものだとは思わず、目の前のことに集中し、悔いのないように生きよう、と。

どうせ仕事をやるんだったら、明るくのびのびやって、しかもやりがいのあるようにしよう。二度とない人生を苦痛に過ごすのはもったいない。

プラス思考とは、結果に対して持つものではありません。すでに起こった出来事ではなく、これから行なうことをいかに自分の意志で、気持ちで喜んでできるか、という「プラスの気持ちの選択」の仕方なのです。だからこそ、目的・目標を達成することでどういう「気持ち」になるかを明確化することが必要です。そこを押さえておけば、少々の逆境や失敗に直面しても、「もしもう一度やり直せるならばどうする?」と、次の行動へと目を向ける気力とやる気を保てるでしょう。

製造現場というのは、すごく難しいように捉えられますが、よく見ていると、なぜこんなことをやっているのかという疑問が浮かびます。これは別に特別な知識など要りません。東京大学を出てなくても、優秀な製造担当者はいくらでもいるじゃないですか。それは知識とは関係なく、いかにその現場をきちっと見て、常識からしておかしいことを見つけられるかどうかということだと思うんですよ。

スポーツ選手にとって運動神経と筋肉の育成が不可欠であるように、学者にとって頭脳の育成が必須であるように、真に主体的な人にとっては良心を育成することが必要不可欠である。定期的に精神を高めてくれる書物を手にし、常に気高い志を抱き、そしてなによりもその良心の小さな、か細い声をよく聴き、それにしたがって生活することが必要なのだ。

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