齋藤孝(教育学者)の名言 一覧

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齋藤孝(教育学者)のプロフィール

齋藤孝、さいとう・たかし。日本の教育学者。明治大学文学部教授。静岡県出身。東京大学法学部卒業、東京大学大学院教育学研究科後期博士課程単位取得後、明治大学文学部教職課程助教授を経て、明治大学文学部教授。専門は教育学、身体論。著書『声に出して読みたい日本語』は150万部を超えるベストセラーとなった。そのほか、日本語教育、ビジネス、コミュニケーションに関連した一般書籍を多数執筆。テレビで幼児教育番組の監修や、ニュース番組のコメンテーターとしても活躍した。

アウトプットを具体的に想定することが、インプットの感度を高める。


コミュニケーションに関する問題は、コミュニケーションで解決するしかない。


人間社会において運やチャンスをもたらすのは必ず「人」です。適度な人付き合いをし、気持ちのいい人間関係を築くことが運を呼び込む秘訣。


幸運の女神は、前髪しかないと言われています。チャンスを逃さないためには、すぐに体をあけられる状態をつくっておく必要もある。


私は書物を通じて古今東西あらゆる偉人に教えを請い、その言葉を身につけることで、自分なりに生きる技を磨き続けてきました。


肝心なのは、師を間違わないということ。


嫉妬心も恐怖心も重たく暗い。そんなものは人生に不要です。必要なのは、明るさと軽やかさです。


ふりかかってくる困難を乗り越えることにこそ自分の存在意義があり、これがリーダーとしての必然なのだと考えられると、そこに苦痛はなくなる。難題をクリアしていくことは、むしろ自分の使命となり、モチベーションとなる。


どんな仕事も、人に受け入れられ、認められ、面白いと感じてもらえなければ先がなくなる。作り手、売り手がどんなにいい製品だと思っても、受けとめる側が「飽きたね」「要らないよ」と思ってしまったらそれまでなのだ。


「考える」とは理性に徹することだ、という意識をもっと明確に持つほうがよいだろう。自己観照するにも、自分の心を抽象的に見つめてなんとなく「もの思う」のではなく、理性のもとにひたすら具体的に「考え抜く」のだ。理性という手綱で心の揺れをコントロールすることこそが考えることである。


考え抜くことで、自分の決断の一つひとつに対して、自己肯定力と自己客観性を十全に持てる状態をめざす。「自分は考え抜いた」という自信が、判断に対する自信になり、決断の強さとなって実現に向かっていく推進力を高める。


決断に対する覚悟も、「本当に考え抜いたか?」に尽きるのではないだろうか。あらゆる疑念について吟味すべき要素をすべて洗い出し、分析、検討したか。私見や情動、己の欲などに左右されていないか。そう自問してみる。考え尽くしたと言いきれるのであれば、それは最善の判断である。たとえ結果的に失敗したとしても、後悔はしない。


日本の「○○道」といわれるものは、日々身体的な「技」の習熟に励むことで、その道の精神を会得していくものだ。「技」を鍛えることが、自分を見つめ、心の軸を鍛えていくことにつながる効果があった。「道を究める」ということは、体を軸とした自己観照の手法でもあったのだ。


リーダーとしての精神の強靭さは、人格的、身体的迫力を持って行動できるかどうかという点にあるのではなかろうか。真のリーダーたりうる人は、ストレスや不安のない生活を望むのではなく、ストレスや不安を乗り越えることを自分の原動力にしていく人たちだ。


私たち日本人は、何かを判断する際、「論理的に正しいかどうか」よりも「感情的に納得できるかどうか」を優先させがちだ。理性よりも情動で動きやすい。しかし感情は揺れる。ブレる。その時々の主観に支配される。リーダーとして、自分を、あるいは自分の率いる集団をよりよい状態へと高めていくためには、みずからの理性の力に信頼を置き、確固たる基軸を自分の裡(うち)に持つことが重要だ。


高いリーダー資質とは、先天的なものではない。日々シビアな決断をし続ける状況、人を束ね率いていく責任感の中で、みずから身につけ「技」にしていくものだ。頭で生きるのではなく、行動で示す習慣を身につけることで、人格的かつ身体的な魅力・迫力が、自然に伴っていくのだと思う。


リーダーとして大事なことは、自分自身の中に明確な基準を持って、確かな判断を打ち出せることであり、なおかつ独断や慢心に陥らないよう、自己客観視して自分を修正していく柔軟さである。ふたつを併せ持つことで、自己肯定力と自己客観力の具わったブレのないリーダーになれる。


優れたリーダーといわれる方にお会いして感じるのは、状況がよく見え、的確な判断ができ、自分が今何をなすべきかを見誤らないということだ。混沌としている人がいない。経験と実績に裏打ちされた自信が体に漲(みなぎ)り、勢いがある。決断が早く、コミュニケーションに長け、声も強い。そうした精神の明晰さと身体的迫力が、人を惹きつける。部下やビジネスパートナーを「この人についていけば大丈夫だ」「この人と一緒に何かをなしとげたい」という気持ちにさせるのだ。


ほんの少し覚悟を決めるだけで、見違えるような環境が待っている。


重要なのは「できない自分」を自覚することだ。完全無欠のビジネスマンが存在しないように、何もかもすべてダメという人もいないだろう。日々の仕事を細かく分析すると、「この部分が駄目」「これができればいいのに」というポイントがあるはずだ。それを知ったうえで実際に改善できれば、もう「できる人」の仲間入りである。


仕事ができない人とは、単にミスをしたり成績が伸びなかったりする人を指すわけではない。同じミスを繰り返す人、その状態を放置したまま手を打たない人、すなわち修正の回路を持たない人を指すのである。ビジネスマンに必須の三要素(テンション、修正、確認)として、私がテンションに次に修正をあげるのは、このためだ。


ドラスティック(徹底的)に気づきを得たいときは、自分をより高いレベルの環境に置くのが一番だ。プロのサッカー選手が欧州を、野球選手がアメリカを目指すのは、単なる憧れや優越感に浸るためではない。厳しい競争に身をさらすことで、自分の欠点を明らかにするためでもある。その経験を経て自分を磨き、更なる高みを目指そうというわけだ。


重要なのは、どうやって再発を防ぐか、その対策を具体的に提示することだ。しばらく時間を置いてでも、必ず考えた方がいい。


上司も部下の声を聞きつつ修正する必要もある。とくに昨今は変化のスピードが速いため、上司の経験より部下が現場で得た情報の方が有利なケースはよくある。それを真摯に受け止めてこそ、いまどきの上司といえるだろう。


決断が早い人は大きく3つの認識を持っています。

  1. ビジネスの決断に100%の完璧さは必要ない(=大きな方向性さえ間違えなければよい)と達観している。
  2. 最良の選択肢がなくても決断するという意識を持っている。
  3. いくらでもやり直しがきくという鷹揚さを持っている。

A案かB案かで悩んでいるなら、A4のコピー用紙を横向きにして中央に縦線を引き、左側にA案、右側にB案の特徴をキーワードや概略図で書き込んでいきます。それによって視覚的に比較しやすくするわけですが、ポイントはこうして書き込むこと自体にあります。これによって情報が整理されるから、書き終わる頃にはほぼ結論が出ている場合が多いのです。


頭の中で考えているだけではイメージをつかみにくいし、かといって長い文面は決断の材料には向いていません。決断を下すコツは図面化して考えることです。


1分で次々と決断を下せるようになるには、相応のトレーニングが必要です。ポイントは、自らそうせざるを得ない環境をつくって数場を踏むことです。


朝令暮改はむしろ称賛すべきでしょう。少なくとも、いつまでも決断せず、失敗も成功もできない状態よりは、本人にとっても組織にとってもずっといい。


どれほど天才的なビジネスパーソンでも、将来への見通しをすべて的中させることはできません。決断しても、それが裏目に出ることは大いにあります。しかし彼らは決断が早い分、撤回も早い。周囲を振り回すことになりますが、傷口を最小限に抑え、しかも短期間のうちに失敗の経験を蓄積し、また素早い決断で再生を期すことができます。このサイクルの繰り返しが、より大きな決断を可能にさせているのです。


これだという最良の選択肢があれば、決断は簡単です。しかし現実にはそういう選択肢がそもそも存在しないケースも多い。そういうとき、決断が遅い人は思考停止状態に陥りがちです。かたや決断が早い人は、「手持ちの選択肢の中で、一番痛い目に遭わないのはどれか、仮に失敗してもなんとか取り返しがつくのはどれか」という視点で選択肢を消していき、素早く決断を下します。


ビジネス上の決断に、裁判の判決のような細かさや正確さが求められることはまずありません。むしろ、一定のグレー幅の中で決断すればいいことがほとんどでしょう。決断が速い人はそのことをよく知っているから、素早い決断が可能なのです。


仕事ができる人ほど決断も速い。これは、いままで多方面のビジネスパーソンと接してきた私の実感です。とくに、役職が上の人ほど、あるいは何十億、何百億円というお金を動かす立場にいる人ほど、余計な逡巡がありません。


問いが具体的になっていれば、それに対する答えも自然と具体的になります。


忙しくて読書の時間が取れないという人もいますが、読書をしないビジネスマンは論外です。1日1時間の読書タイムも捻出できないようでは、文章力以前に、仕事力に大きな問題があると言わざるを得ません。読書は人生を豊かにするために欠かせないものです。表現力の問題は脇に置いたとしても、本を読む時間は確保すべきでしょう。


ビジネスにおける問題は、突き詰めると自分の会社や部署の利益になるかどうかです。利益といってもお金の話に限りません。信用を増すのも利益ならば、効率化も利益です。いずれにしても、ビジネス文書には「この文章は何の誰のどのような利益に向けて書いているのか」という意識が必要であり、そこから出発している限り、一般論や抽象論に終始するようなことはないはずです。


技術的な話でいえば、文章に具体性を持たせるには比較を用いるのが有効です。たとえば「うちは営業が弱いのでテコ入れが必要」と書くより、「競合のA社より営業部員が少ない」と比較することで問題の所在がより具体的になります。ここで注意したいのは、比較する対象を一般論や抽象論に求めないことです。「一般企業より営業部員が少ない」という書き方では、本当にそこに問題があるのかよくわかりません。比較対象を具体的にすることで、結論にもリアリティが加わるのです。


私の場合、集めた事例やエピソードの約7割をどこかの文章で使います。無駄が比較的少ないのは、アウトプットを意識しながら情報収集をしているからです。付箋を貼る時点で、「これはあのテーマに使えるかもしれない」と直感的に理解しているわけです。その意味ではひとつのアウトプットしか意識しないのは非効率です。情報を捉えるための網が小さくなって、使えるはずの事例やエピソードを見逃す心配があります。複数のテーマを同時並行して進めたほうが、役に立つネタを拾いやすくなるでしょう。


文章を豊かにするボキャブラリーは書き言葉から得るしかありません。話し言葉は刹那的なものです。会話を盛り上げることが得意な人でも、文章になると上手く表現できなくなるのはそのためです。基本になるのは読書です。自分の価値観や問題意識に合う本を見つけたら、その著者の本を立て続けに読む。読むのは、小説や評論に限らず、ビジネス書でも新書でもいいと思います。特定の著者の本をひたすら読むことで、その著者のボキャブラリーが自分のものになります。


タイトルは、文章を書いたあとに改めて付け直したほうがいいでしょう。文章を書いていくと、内容が広がりすぎて、当初の目的から外れた要素が入り込むことがあります。それを削ぎ落してシャープな文章にするためには、タイトルとなるような問いをもう一度立て直す必要があります。文章の目的が明確になれば、不要な部分をカットしたり、構成を直すこともできます。


書き言葉を自分のものにするには、書き言葉で話してみることも大切です。本来、書き言葉と話し言葉は地続きではありません。それを本の内容を書き言葉を使って人に話すことで地続きにするのです。それにより、書き言葉が自分の中に定着して、自在に使いこなせるようになります。


英単語を覚えるように言葉や用法を覚えても、それは知識として自分の文章で使えるようにはなりません。言葉と価値観とはワンセットです。好きな著者の本を何冊も読むことをお勧めするのも、著者の考え方や人生観も含めてまるごと輸入して欲しいからです。


ビジネスの書類作成で表やグラフを使うときは、何より求められている「利益」を意識することが重要です。その文章で問題になっている利益は何で、その利益に対して数字はどのような意味を持ち、どのような意思決定につながっていくのか。そこに関わる数字以外は不要です。必要のない部分はバッサリと切り落としたり、小さくする工夫が必要でしょう。


数字やデータを見せるとき、最もやってはいけないのが、表などの外部資料をそのまま貼り付けることです。表やグラフは、その読み取り方自体が試験問題として出題されるケースもあるように、読んで消化するためには頭を使う必要があります。その手間を省きたいから、上司は部下に資料の作成を依頼するのです。それにもかかわらず生のデータをそのまま見せてしまうのは、上司の要求を理解していないことと同義といえます。


文章で使う事例は主に雑誌から拾います。インターネットでも収集できるかもしれませんが、総じて雑誌のほうが情報の精度が高く、取材や編集に手をかけてあるので内容も掘り下げられています。気になった記事には付箋を貼ってコピーし、まとめておきます。ある程度の量が集まれば、それがそのままネタ帳になります。


事例やエピソードに依存した文章を書く人は、口舌の徒にすぎません。その場しのぎにならないように、まずは揺るぎない本論を立て、効果的な事例をひとつふたつ添える程度にした方が、本当の意味で説得力を持つはずです。


事例やエピソードの多用には、注意が必要です。事例やエピソードは、本論の説得力を高めるために用いるものであり、じつは事例やエピソードがひとつも入っていなくても、ビジネス文書というのは成立するのです。裏を返すと、事例やエピソードを多用しなければ説得力がない文章は、それだけ本論がぜい弱で、考えが練られていないといいえます。


ビジネス文書の結論の場合、原則的に一般論や抽象論はあり得ません。というのも、ビジネスにおいては出発点が必ず具体的状況なはずだからです。「我が社の売上を伸ばすためには何が必要か」という問題設定はあっても、「日本経済を立て直すにはどうすればいいのか」というテーマで文章を求められる機会は、まずないはずです。にもかかわらず抽象論を展開してしまうのは、書き始める前に問題設定ができていないからでしょう。


ビジネス文書を書くうえで、構成の段になって混乱する人は、文章の区分けが上手くいっていないのではないでしょうか。たとえるなら段ボールに種類の違う荷物を詰めたまま、整理するようなものです。ひとつの段落に複数の要素を取り込んでしまうから、構成で頭を悩ませることになるのです。具体的には、事実関係と意思決定の部分は分けて書くべきです。さらに、事実関係も、自社の事情、関係者の事情、市場環境というように分類します。きちんと要素を整理できているかどうかは、各ブロックに小見出しをつけるとわかります。小見出しとブロックの中身が合わなければ、要素が整理できていない証拠です。


ビジネスの世界では、書くことは決断することと同じです。選択肢が3つあるのであれば、最良と思うものをひとつ選び、それを中心に据えて論を展開すべきです。当然、実行の段階でリスクも発生しますが、上司が欲しいのは、どのような利益があるかという美辞麗句ではありません。撤退しなくてはならないときの損失はどの程度で、どこまでなら進んでも引き返せえるかというリスクについてもきちんと言及された文書です。経験を積んだ上司からは、リスクに触れられていない文書は、それだけで却下されると思っていた方がいいでしょう。


ビジネス文書を書くときに問われるのは、文章力ではなく決断力です。ある問題に対して、3つの解決策があったとします。それらを思いついた順に羅列した文書は自分で考えることを放棄して、読み手に意思決定の負担を強いることになります。最終的に決断を下すのは上司だとしても、まず自分の意思を示さなければ、たんなる情報収集係と同じです。上司が直接、ネットで検索するのと大差がありません。


ビジネス文書では、冒頭に結論を持ってくるべきです。読み手となる上司や取引先は、忙しくて文章にじっくりと目を通す時間がないかもしれません。そう考えると結論からはじめて、以下、優先度の高いものから書いていくのが基本でしょう。


ビジネス文書で、作文の体裁に縛られるのはナンセンスです。読み手が続きを読みたくなるような一文であれば、それで冒頭文の目的は十分に達せられるでしょう。


ビジネス文書を書くときに、最初の一文が思いつかないのであれば、ひとまず書いてしまってからキーフレーズを抜き出すといいでしょう。キーフレーズをそのままコピー&ペーストする感覚で冒頭に持って来れば、それが読み手にとって、もっともインパクトのある冒頭文になります。


ビジネス文書では、最初に結論を持ってくる方法も有効です。一般的に文章は起承転結で書くべきだといわれますが、ビジネス文書に小説のようなドラマチックな展開は必要ありません。忙しい人ほどいきなり本質を知りたいはずですから、むしろ「起」や「承」を省いて、最初に「結」を持ってきた方が喜ばれます。


文章を最後までひととおり書いたら、その中から文章の核となるキーフレーズを3つ探します。キーフレーズは、問いと答えでいうと答えにあたる部分でもあります。本来であれば、「この文章は何のためにあるのか」という問いは、たとえ漠然としたものであっても書く前から浮かんでいるはずです。ただ、それを文章という形で表現することに手間取るなら、逆に答えの方から問いを明確にしていくアプローチがあってもいい。キーフレーズが見つかったら、逆にキーフレーズから問いを立てていくことにより、問題意識を読み手と共有できるような一文をつくるのです。あとは、それを頭に持ってきて二文目以降を整理するだけです。


文章の最初と最後は読み手の印象に残るような工夫が必要ですが、肩に力が入りすぎてしまうのか、最初の一文が浮かばないことがよくあります。解決策として、最初の一文にこだわらず、最後までひととおり書いてみることをお勧めします。


目標を「質」から「量」に変えてから、今回の論文は75%の出来栄えだったけれど、次の論文で残り25%をカバーすればいいといった考え方ができるようになります。数をこなすことで質も上がり、結果として質の高い仕事を量産できるというプラスのサイクルに入ることができるようになりました。


量をこなさないまま、「質の高い仕事をしているはずなのになぜ評価されないのだろう」と思う気持ちに妥当性がないわけではありません。しかし、そう考え始めると独りよがりの悪循環に陥りがちです。そうならないためには、量という客観的な指標を基準にした目標設定が功を奏するケースがあるということを、知っておいても損はないと思います。


集中する、没頭するという状態を生むには、精神論ではなく環境や身体感覚から入っていくのが一番です。


いまの時代、人びとは必要以上に孤独を恐れているように見えます。私はむしろ、孤独こそが力を生むと思います。プロフェッショナル同士がある程度の距離感を持ってつながっていることで、いい仕事ができていくケースも多いと考えます。


私は仕事の相手と食事に行くことはほとんどありませんが、不都合はまったく感じません。仕事の相手とは仕事で向き合う、一緒にいる時間そのものが目的となるような人や、会いたい人とは会う時間をつくります。どっちつかずのグレーゾーンはありません。コミュニケーションが大切な仕事もありますが、必要なコミュニケーションは仕事の中で取り合うのがプロであって、飲み会に行かないとテンションが上がらない、感覚が共有できない相手であれば、思い切って関係を見直してみるのも一案です。


相手が自分にとって利用価値があるかどうかは、付き合う人を選ぶ基準にはなりません。仕事につながるかもしれないと思って気乗りのしない相手と夜や休日の時間に会っても、しょせんは続かないのではないでしょうか。仕事関係の相手ならオフィスアワーに会って仕事を通じて信頼を得ていくのが基本ですし、仕事の内容によっては会う機会を設けなくても、結果を出し合ってよい関係を築けていけるケースもあります。


人との付き合いは結局、縁があるかないかに尽きると思います。結婚が最たる例ですが、条件を熟考したからといって、最高の相手が見つかるわけではないでしょう。縁がある人とはその日のうちに次に会う日程を決めたり、何かの機会に久しぶりに会おうという流れに自然となっていくものです。


集中力が続く時間には個人差もありますが、長い人でもせいぜい30分といったところでしょう。ですから仕事に取りかかって20から30分たったら机から立ち上がり、軽くストレッチをし、丹田呼吸を行って仕事に戻るのが効率を上げるコツだと思います。


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