齋藤匡司の名言 一覧

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齋藤匡司のプロフィール

齋藤匡司、さいとう・ただし。日本の経営者。サプリメントメーカー「日本シャクリー」社長。京都大学大学院高分子化学科修了、ハーバード大学経営大学院でMBAを取得。エクソンモービル勤務、日本ロレアル副事業本部長などを経て日本シャクリー社長に就任。

困難は、未来の感謝と思いやりや自信の源です。困難には前向きに立ち向かうことに意義があります。


自分のことばかり考えていても幸せにはなれないし、人間に生まれた甲斐が無い。


日常の当たり前の数だけ幸せが隠れています。心臓は動かしてもらっている。すなわち、生かされていることへの感謝が基本です。


今期は温故維新の精神で、守るべきところと変えるべきところを見極めて、ブランド価値をさらに高めていきたい。


どれだけビジネスで成功しても人間的に成長できなければあまり意味はないでしょう。走り続けるばかりでなく、一日一回立ち止まって自分の心を見つめる余裕を持ってほしい。自分の現在地を確認したら、将来のビジョンを明確に描き、目標達成に向けてひたすら努力を続けてほしい。


突然現れた日本人に対し、当初は反発の声もありましたが、根気強くスタッフ達と向き合い続けました。また、優秀な部下をワールドワイドのトップと面接させて彼の夢である海外勤務を実現させるために、私のビジネスクラスチケットをエコノミークラス二枚に変えてパリ出張に同行させるなど、部下が将来を切り拓くきっかけづくりも積極的にしました。こうして3年間の任期を終えてシンガポールを離れる時には、スタッフ全員が早朝の空港まで内緒で見送りに来てくれ「World Best Boss賞」と刻まれた金メダルを贈ってくれました。私の人生で忘れられないサプライズでした。
【覚書き|「ロレアル」のシンガポール法人でゼネラルマネージャーをしていた当時を振り返っての発言】


ハーバード大学経営大学院の最初の1年は食らいつくだけで精一杯でした。成績が下から10%に入ってしまうと容赦なく放校処分。入学当初は本当に大変で、初めて挫折を経験しました。まだ幼かった娘と遊んでやりたかったのですが、寝る間も惜しんで明け方まで必死に勉強する日々。束の間の休息は、毎週金曜日に家族と食事する時間だけでした。この経験が今の自信につながっています。どんなに困難な局面を迎えても、動じない胆力が身に付きました。


MBAを取得した世界水準の社員に対し、自分がいかに井の中の蛙だったか痛感しました。そして、MBA取得に必須の英語力を磨くため、20代の頃は一分一秒を無駄にせず、難聴気味になるほどリスニング教材を聴き込みました。
【覚書き|エクソンモービルで働き始めた当時について語った言葉】


私が大学院生だった80年代当時はバイオテクノロジーの全盛期。私は人工細胞工学研究に従事し、本気でノーベル賞を目指していました。でも、次第に自分は研究職には不向きだと思うようになりました。研究室にこもるより、外で活動する方が私には合っていたのだと思います。


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