鶴岡一人の名言 一覧

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鶴岡一人のプロフィール

鶴岡一人、つるおか・かずと。日本のプロ野球選手(三塁手)、指導者、野球評論家。広島県出身。小学生時代から野球を開始。法政大学に進学し、六大学野球で活躍。大学卒業後グレートリング南海(のちの福岡ソフトバンクホークス)に入団。太平洋戦争時、陸軍高射砲連隊に所属し陸軍知覧航空隊機関砲中隊長を務めた。戦後29歳で監督兼選手に就任。監督として23年間でリーグ優勝11回(うち日本一2回)に貢献。

アメリカへ行って知った監督・コーチの条件。

  1. ウェットな看護婦になれということ。選手の悩みや怪我故障にぶつかったときに看護婦の気持ちでやってやれということ。
  2. 聞く耳を持った親父になれということ。頭から駄目だと言わず、聴くだけのことは聞いてやってそのあとで助言するということ。
  3. 心理学者になれということ。常に部下はどういうことを考えているのか、スランプの者や調子に乗ってホイホイしているものがいるだろうから。
  4. 交通巡査になれ。やはり競技する以上、赤信号の時は行ってはいかん。
  5. 家庭教師になれ。これは小学生の家庭教師のように基礎をわかりやすく納得するまで反復して教えるということ。

こういうことを常に考えて部下を指導している者をアメリカではいい監督、いいコーチと呼ぶのだと言われました。


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