鳥羽博道の名言 一覧

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鳥羽博道のプロフィール

鳥羽博道、とりば・ひろみち。日本の起業家。ドトール・コーヒーの創業者。埼玉県出身。高校中退後、レストラン、コーヒー豆焙煎卸営業会社勤務を経てブラジルへ渡航。3年間現地のコーヒー農場で汗を流し、帰国後にドトール・コーヒーを設立。同社を東証一部上場企業へと育て上げた経営者。ニュービジネス協議会(NBC)の副会長なども務め、次世代の起業家育成に尽力している

私自身は、人から敏感すぎるのではないかと思われるくらい、会社経営に対して、いつも強い危機感を抱いています。最悪の事態を見積もっておけば、現実の推移はそれよりもましであることがほとんどです。


「治に居て乱を忘れず」といわれます。平穏な時期が永遠に続くわけではありません。乱世は必ず来ます。その事態を予期して、悲観的に、できる限りの準備をしておくのがリーダーの役目です。そのうえで開き直るから、人は強さを発揮できるのです。


自分の中に課題を持っていれば、何を見てもヒントになるし、商売につながる。見るもの、聞くもの、すべてが商売の発想につながるのだ。


常にこだわり、課題を持ち続け、とことん考え抜く。そうすることによって初めて独自のアイデア、戦略が生まれてくる。


よく人は「私は本気でやっている」「真剣に取り組んでいるのに理解してもらえない」という言葉を口にする。だが、結果の出ない本気や真剣さは本気でやっているとは言えない。本気や真剣さというものにもレベル、段位があると私は考えている。本気のレベルが名人の人もいれば、初段クラスの人もいる。新入社員やアルバイトであるなら、初段から二段、三段へとレベルアップを図っていけばいい。だが、店長、オーナとして一つの店を切り盛りしている以上、高段位者でなければならない。


私は社内で口を酸っぱくして「現状打破、現状否定」と唱え続けている。常に将来に対して危機感を抱き、革新していかなければならない。現状に満足しきって、危機感、革新性を失うと、国も企業も、そして人間までも駄目になっていく。そうした失敗例はそれこそ掃いて捨てるほどある。危機感の欠如は、さらなる危機を呼ぶことにもなる。


思うに、人間は「こうなりたいと想ったら、念じ続けて努力すること」が大切ではないだろうか。


1980年、設備投資の負担と売上の落ち込みで、夜は悶々として寝付けない。12時ごろ床に入っても、夜中の二時ごろに目が覚める。「倒産」という二文字が再び頭をよぎる。こんな日々を送るうち、死んで一年たてば保険金が下りることが分かった。「いよいよとなれば自殺して保険金で清算すればいい」。そう考えたら気が楽になった。死を覚悟すれば、人間は強い。猛烈なエネルギーが湧いてきた。試行錯誤の末、青山店を軌道に乗せたころには業績も回復。その後、ドトールコーヒーショップを次々に展開することができた。


ここ数年、日本の企業の多くが縮み志向、内向き志向になってしまって、自分たちが生き残ることだけしか考えられなくなっている。だが、それは企業だけの問題ではない。悲しいかな、日本の社会全体が夢や安らぎや活気を持てなくなってしまった。世相がここまで暗くなってくると、夢が持ちにくくなるのも確かに真実だ。だが、こうしたときこそ、夢を抱いて明日を切り拓いていこうという気概を強く持たなければならない。


忘れてならないのは、ヨットは向かい風でも前に走るということである。風を読み、何枚かの帆を巧みに調節することによって、どんな向かい風の中でも前に進むことができるのだ。


徳川家康の「願いが正しければ、時至れば必ず成就する」という言葉は私の座右の銘のひとつになっている。正しい願い、ポリシーというものは時期が来れば必ず成就する。その努力と忍耐は必ず報われるものだと思う。


あとから参入してきた大手企業組はことごとく撤退してしまった。その理由をひと言で言えば、企業哲学の違いに尽きる。儲かりそうだからやるのか、一杯のコーヒーを通じて安らぎと活力を提供したいと心から願ってやるのか。その違いは必ずどこかに表れてくる。コーヒーの味の差であり、店舗の魅力の差であり、接客態度の差だ。お客さまにはそうした違いを敏感にかぎ分ける臭覚がある。
【覚書き|海外の大手コーヒーショップチェーンと日本の大企業が組んで大々的に市場参入してきたときを振り返っての発言】


同じような学歴、性格を有する同期入社の社員たちの間に、入社後数年すると大きな差が生じてくることがある。それはやはり、どれだけ自己を高めていきたいかという各人の願望の強さの差によるものだろう。人間というのは本来、その人が成長を願うのであれば、いつまでも成長し続けることができるものだと思う。


これまでドトールでは採用試験に際して、いわゆる学力試験、筆記試験を行わずに、面接試験を中心に「伸びる人材」の採用を行ってきた。学力試験によってその人物を評価できるものではないし、才能というのもある程度時間が経過しないとわからないものだからだ。私自身のこれまでの経験からいうと、とくに次の七項目が重要ではないかと思う。

  1. 負けず嫌いな人
  2. 正義感のある人
  3. 人に喜んでもらうことが好きな人
  4. 厳しさと思いやりを兼ね備えた人
  5. テーブルの上のことだけでなく、仕事のやり方、組織の在り方に至るまで整理整頓が上手な人
  6. 利害得失だけで物事を判断せず、何が正しいか判断できる人
  7. 根気強い人

この世の中、あらゆる分野で才能に恵まれた、オールマイティの人間はそういるものではない。そんなないものねだりをするよりも、まずは社内で「これにかけては我が社ではピカイチ」という社員をいかに多く発掘して、それぞれの分野で最大限に能力を発揮して仕事をしてもらうことだ。それが組織の力を最大限に高めていくことにつながる。


「どのようにしてビジネスチャンスを見つけるのか」という質問をたびたび受ける。ビジネスチャンスというものは、神の啓示のようにある日突然、選ばれし者だけに降り注ぐものでもなければ、常人が臆するような秘境に挑む冒険者に対してその勇気の証として与えられるものでもない。日常生活の中で何千、何万という人たちが同じように見聞きしているものの中にいくらでもあるのだ。その中からビジネスチャンスを見出すことができるか否か、それは常日頃の心の持ちようによって差がついてくる。


挑戦をやめてしまえば、しょせん並のものしかできない。理想をどんどん高めていって、それを実現したときに初めて人の感動を呼び起こすことができる。理想がなくなったときに人間の創作意欲は失せてしまう。それが原因で自殺してしまう芸術家さえいる。理想を失うということ、追い求める心を失うということはそれほどまでに恐ろしいことだ。


お客様に選ばれる企業に成長するための条件、ビジネスを成功させる条件というのは「商品の魅力」「店舗の魅力」「人の魅力」という三つの魅力をいかに高めていくかというところにある。業種によって多少の差はあるかもしれないが、基本的な部分はこの三点に集約できるだろう。こうした魅力を徹底的に高めていくことができたとき、どんな不況でも負けない強い体質の企業に進化していることだろう。


信頼というものは一夜にしてできるものではない。しかしながら、長年にわたって築き上げてきた信頼、信用を一夜どころか、ほんの一瞬の不注意で失ってしまうことになる。商売をするものにとってこれほど情けないことはない。


フランチャイズビジネスを成功させる3つのポイント

  1. 本部の側でフランチャイズ・ビジネスのノウハウをどれだけ蓄積しているか。
  2. チェーン店に加盟するオーナーがどれだけ本気で商売をしてくれるか。
  3. 本部とチェーン店の関係が共存共栄の関係にあるかどうか。

自分の利益を最優先に考えているようでは商売は上手くいくはずがない。顧客をないがしろにして、自利を追い求めているところはやがてジリ貧になっていく運命にある。質・量を落とさずに価格を下げる工夫をしなければいけないのに、まず先に質や量を落としてしまう。なんといっても手っ取り早い方法だから、そこから手を付けてしまうのだろうが、それは結果的にお客様に不利益をもたらすことになるだけだ。私は自分の会社が知らぬ間にそうした方向に流れることを恐れている。


考えてみれば、ドトールコーヒーの歴史というのは、常に危機意識を持って、将来予想される経営環境の変化に対応してきた、その繰り返しだったと思っている。コーヒー豆の焙煎・卸から出発して、脆弱な経営基盤に対する危機感、喫茶店業界に対する危機感、それがコロラドというコーヒーショップの設立につながった。また、コーヒーが嗜好品から必需品に変わる中で、オイルショックによる実質所得の減少という事態に対応して、ドトールコーヒーショップを作った。日本経済の変化、お客様の嗜好の変化、同業他社との競争に対応してきた結果だ。


チャンスは自分から積極的に仕掛けなければならない。さもなければ、目の前を通過する商機をみすみす見逃してしまうことになる。ただし、商機といものは、たとえどんなに自分が正しいと思っていることでも、「時」すなわち時代の大きな流れ・時代的背景・社会の成熟度と、「機」すなわちそのことを起こそうとする機会が合致して初めて、味方になってくれるものだ。商機が到来するまで待つということも大切なことだと思う。


同じ旅行でも、ただ単に行くのと、明確な目的をもって行くのとではものの見え方、感じ方がまるで違ってくる。関心があればこそ見えてくる。関心がなければ見ているようで実は何も見えていないのだ。目的意識があればこそ、その光景をいつまでも心の中に鮮明に、克明にとどめておくことができる。


内向的な性格だからといって引け目を感じることはないし、無理に明るい人の真似などする必要はない。常にお客様のために何ができるかということを考えればいい。そして、コツコツと仕事をして成果をあげればいいのだ。成果は必ず自身に結び付く。自分はまだ若いんだ。若いときはあれこれと戦略など考えなくてもいい。一生懸命やることが相手の心を動かすんだ。そのことを身を持って体験して、それからはさらに一生懸命働こうと心がけた。
【覚書き|18歳でコーヒー豆焙煎卸会社で営業をしていたときのことを振り返っての発言】


お客様の支持を得られないような企業は成長もしないし、利益を生み出すこともできない。そればかりではない。そのうちそこで働く人間までが暗くなって、ついには会社全体が幽霊屋敷というような状況になってしまって、どんどん悪循環に陥ってしまう。常に明るく活力の溢れた企業でなければ、個人個人の能力がいかに高くても、企業そのものが活力を失ってしまい、成長を失ったときにはその能力のある人間まで殺してしまうことになりかねない。だから、何が何でも企業というものは成長し、利益を出し続け、常に夢を提供し、明るい状況を作っていかなければならない。


閉塞感の蔓延するいまの日本人が見失っているのは、夢を抱くことの大切さ、それを何が何でも実現しようとする強い気概ではないだろうか。ひとりでも多くの経営者、ビジネスマンが高い理想を掲げ、目標に向かって努力を続けていくことが質の高い競争を生み出し、日本経済を活性化させ、ひいては豊かで住みやすい日本を作ることにつながるのではないかと私は思っている。


投機という目先の利益に翻弄されるのではなく、将来起こるであろう経営環境の変化に備えて、営々と本業の深化に努力し続けること。それが企業を常に成長させることになり、どんな不況にも負けない強い体質の企業を生み出すことになるのではないかと思う。


「厳しさの中にも和気あいあいとした会社を作ろう」という理想に燃えて創業したものの、独立してみて改めて気づかされたことがある。品質が特別に良いわけではなく、価格が特別に安いわけでもなく、会社の信用もない。営業活動で喫茶店を訪問しても門前払いは当たり前で、商売の邪魔だと怒鳴られたこともあった。「倒産」の二文字が頭をよぎる日々だった。


自分の価値観を大切にするのはもちろん必要なことだが、それにとらわれないことも大切だろう。過去の経験の中で自分が上手くやってくると、自分の考えはいつまでも通用すると考えてしまう。とくに、成功体験の多い人ほど、自分の価値観を押し通そうと考えがちになる。だが、そこに大きな落とし穴があることをゆめゆめ忘れてはなるまい。


若い世代の価値観を我々の世代が否定するようなことはすべきではないし、我々の価値観を若者に強要するようなこともすべきではない。同じ発想からは新しいものは何も生まれない。世の中がより発展していくためには新しい価値観が生まれてくる必要がある。だから、価値観の相違はむしろ歓迎するくらいの気持ちを持っていた方がいい。昔の価値観を押し通そうと意固地になるのはとても危険なことだ。


何をするにしても物事には必ず成功の原理原則というものがある。成功の原理原則を知らないで努力をしても、その努力が報われることはないし、商売を成功に導くことはできない。反対に、成功するための原理原則を知っている人が、その上で努力をするのであれば、その努力は必ず報われるし、商売は成功するだろう。


同じ光景を何十人もの同業者が見ている。それをビジネスとして成功させるか、それとも甘んじて後塵を拝することになるのか、その差は関心、こだわり、執着心の差にあるといっても過言ではないだろう。関心、こだわり、願望、執着心にはものごとを引き寄せる力があると思う。執着心の有る無しがビジネスを成功させるか否かの大きな分かれ目になってくる。


関心のあるものは見える。関心のないものは見ているようで実は何も見えていない。街に一歩足を踏み出せば、さまざまなものが目に飛び込んでくる。常に自分に課題を持って見れば、それが単なる物体ではなく、何かしらの情報を発していることに気がつくはずだ。ビジネスにおけるヒントというのは街中いたるところにある。


相手がデザインのプロだからといって、何もすべてデザイナーの意見を受け入れる必要はない。こちらが店舗デザインに確固たるポリシー、こだわりを持っていれば、お互いのプロ意識が衝突しあって、さらに精度の高い結果を導き出すことができる。逆に言えば、こちらがこだわりを持っていなければ、常に相手の意見を鵜呑みにすることになり、中途半端な仕事でも妥協せざるを得なくなってしまう。


「そのようなきれいごとだけで世の中は渡っていけないんじゃないですか」という人もいた。世の中には「清濁合わせて」という言葉があるが、その両方を飲むほどの器量の大きさは私にはない。だから、清の部分だけに生きていく。自分がそうした生き方を心から願うのであれば、それは可能なことだと思う。


フランチャイズオーナーの約一カ月間の教育プログラムは「三忘の精神」で参加していただくことにしている。つまり年齢、肩書、性別というものをすべてかなぐり捨ててもらう。年齢、肩書、性別というものをすべてかなぐり捨てなければ、真剣に学ぼうという気持ちは湧き起ってこない。見栄、外聞、体裁、恰好を気にしているようでは人間の体内に教育が入ってこない。


お客様というのは最高の広報マン、宣伝マンだ。ひとりのお客様の後ろには常に何人もの見えないお客様がいることを肝に銘じておかなければならない。どんなに些細なクレームであっても、誠実に、そして迅速に対応していかなければならない。


価格設定をする際にまず考えるべきことは、いくらで売ろうかということではなく、お客様はその商品にどういう価値を見出しているのか、いくらなら買ってくれるだろうかということだ。それが価格を決定する最大の要素と言ってもいい。たとえば何十万、何百万円もするロレックスの時計がある。その価格が高いかどうかは一概には決められない。なぜなら、ロレックスの時計にステータス、価値を感じている人にとってはたとえ何百万円であっても高くはないからだ。逆に言えば、時計というものに価値を見出していない人にとっては、たとえ何万円もしないような時計でも高いということになる。


悪いことがあると次には必ず良いことがあり、そして、良いことがあると必ず次に悪いことがやってくる。この世の中はその繰り返しである。良いことが永遠に続くことはありえない。このことは幾多の歴史書を紐解いても明々白々であるし、戦後の日本経済を見ても明らかなことだ。すべてが順調、好調にいっているときに何かが起きてくる。その何かに備えて常に危機意識を忘れずにいることが大切なことだと思う。


思い上がりは禁物だ。自分の力を過信することなく、まだまだという謙虚さを持たなければならない。謙虚でいることはなかなか難しいことだ。自分では謙虚でいるつもりでも、どこか不遜に通ずるところがあるかもしれない。常に自分を注意深く見守っていないと、人間というのはついつい不遜になってしまう。


カフェ・コロラド、ドトールコーヒーショップの成功は、時代に沿った業態を創り出して追い風に乗ったということだろう。世の中がだんだんと健康志向に向かっていく中で、健康で明るく老若男女ともに親しめるというコンセプトを持ったカフェ・コロラドが受け入れられた。また、日本人の豊かさ、食習慣の変化、若者文化の台頭、コーヒーが嗜好品から必需品へと変化していったことなど、ドトールコーヒーショップはそうした外的要因の成熟度とともに成長発展を遂げた。要は時代の大きな流れをどうとらえるかということだと思う。


いまの若い人たちは、結果、成果、評価がすぐ出ないものにはのめり込めない傾向があるように思う。豊になったがために、耐え忍ぶという風潮はたしかになくなってきている。世の中がそういう時代になっているのだから、それはある意味致し方ないことかもしれない。だが、なにか事をなし遂げたいと思うのであれば、忍耐はどうしても必要なものとなってくる。


学歴のハンディキャップ、内向的な性格、それに将来に対する漠とした不安。このまま日本にいたところで私の悩みが解決されるわけではない。それならいっそのこと、未知の世界に飛び込んで自分を試してみよう。そして、ブラジルにあえて身を投じて、そこから這い上がってくることができれば自分は生きる価値のある人間だし、這い上がることができなければ、しょせん生きる価値のない人間なのだ。そう思いいたって、未知の世界で自分を試してみようと決断した。
【覚書き|20歳前後のころ、知り合いの喫茶店オーナーからブラジルで一緒に働いてみないかと誘われたときを振り返っての言葉】


一杯のおいしいコーヒーは私の仕事に対する取り組み方を大きく変えた。それまではただ漠然とコーヒーをいれていたように思う。だが、それからというもの、毎日コーヒーをいれるのが楽しくてしょうがなかった。昨日よりも今日のコーヒーの方が味がまろやかだとか、どうしたらもっとおいしいコーヒーがいれられるようになるかとか、コーヒーの味に私はすっかり魅了されてしまった。生きていかなければという思いからたまたま飛び込んだ喫茶業界。その世界で働くことに少しずつやりがいを感じ始めていたのである。
【覚書き|上京し、レストランのバーテンダーとして働き始めたときを振り返って】


自分の友達や学友は皆、ぬくぬくと高校、大学を卒業するのだろう。そしていま、自分は社会に出ようとしている。6年半たって、彼らが社会に出てくるとき、絶対に彼らには負けたくない。
【覚書き|高校生時代、父とのいざこざから家を飛び出し、荷物も持たずに上京したときの誓い】


企業は常に成長を続けていかなければならない。「未曽有の不況だから仕方ない」とか「減益は他社も同じだ」とか、経営者である以上、絶対に言い訳や弱音を口にすべきではない。「他社が赤字だろうとなんだろうと、自分たちだけは成長し続け、お客様に夢を与えていくんだ」という強い意志、気概を持ち続けたい。


私の好きな詩に「人生は夢を持って、それを全情熱で追い、決してごまかしたりへこたれたりせず、全精力をもってやり抜くことである」という詩がある。夢を抱いてコツコツと努力を積み重ねていきながら、その夢を実現していく。人生とはまさにその繰り返しではないかと思っている。


「孟母三遷」という言葉がある。孟子の母は息子の成長段階に合わせて、三度転居したという。企業が成長発展していくにつれ、本社というものもそれにふさわしい体裁を備えていかなければならないと、私は常々考えている。本社というのはある意味でその企業で働く人たちの心の変化をつくり出すうえで極めて重要なことだと思う。社員の意識改革が時代に対応した変化を会社にもたらすことになるといっても過言ではないだろう。


私がコーヒー豆の焙煎・卸から一歩進んでコーヒーショップ経営に乗り出したのは1972年のことだった。当時の喫茶業というと、私が考えるに、実に非効率な商売のように思えた。退廃的で不健康なイメージの店が多かったのである。そのまま進めば確実に日本の喫茶業は衰退してしまう。私の危機感は並大抵のものではなかった。何が何でもそれは避けたい。そのためには自ら日本の喫茶業に革命を起こさなければならない。その思いが「健康的で明るく老若男女ともに親しめる」というコンセプトのコーヒー専門店「カフェ・コロラド」を誕生させ、日本の喫茶業界に新風をもたらすことにつながった。


私たち経営者に求められているのは、何ものにも負けない強い意志であり、正しい理念、高い理想、夢を抱いて成長を続けていこうという気概であろう。人間は探求心、向上心を持ち続けることによって常に成長を遂げることができる。逆に、それらを失った瞬間に成長は止まり、いつしか敗退していく運命にある。敗北者にならないためにも、こつこつと努力を続けて、勝ち続けていくしかない。


競争激化は喫茶店業界だけの戦いにとどまらない。ファストフードの大手ハンバーガーチェーンでも、コーヒーに力を入れる店が増えた。ネット社会の進展により、通信販売でコーヒー豆を売り、成果を上げている店も多い。それでも競争激化は、業界の健全な発展のためには歓迎すべき面があるのだ。


あるとき気がついた「倒産する、倒産すると思っているから、心が委縮する。心が委縮するから思い切って働けない。明日倒産してもいい。今日一日を必死でやろう」と。それからは開き直り、毎日朝から晩まで身体の続く限り働いた。コーヒー豆と一緒に、ひたすら自分の人間性と商売に対する真剣さを売り込み続けた。すると、ドトールの豆を扱ってくれる取引先が徐々に増えていった。


最近、私のところに持ち込まれる話には「会社を興し、発展させる秘訣を教えてほしい」といった内容が多い。そんなとき、松下幸之助氏の言葉を引用しながら、こう話すことにしている。「成功するにはコツがある。それは成功するまでやめないことだ」


「厳しさの中にも和気藹々(わきあいあい)」たる会社を作ろうと、昭和37年有限会社ドトールコーヒー(現在の株式会社ドトールコーヒー)を設立しました。24歳のときです。創業当初は、お金もなく、信用もなく、当然苦労はありましたが、何とか昨年11月に東京証券取引所市場一部に上場できるところまで来ることができました。


努力しても目標が成就するとは限りません。しかし、目標が正しく、耐え忍ぶべきときには耐え忍び、打って出るべきときには打って出れば、必ず成就するときが来ると思います。この「努力」「忍耐」「時」ということがとても大切だと思うのです。目標達成への願いが強ければ強いほど願いは通じるものです。


単なる1の働きはどんなに働いても1の成果しかない。しかし、アイディアをもって1の働きをすれば、5の成果が出る。つまり、アイディアが重要でアイディア次第で目標達成のスピードや達成の度合いが変わってくると考えています。


私の小学校の時の校長先生は毎朝、下駄の鼻緒を手に持って正門に立ち児童に挨拶をしていました。鼻緒が切れた生徒がいると手に持った鼻緒を手渡していました。長い間に渡ってこれが続くと、校長に対する尊敬の念がわいてきます。教育改革は必要なんでしょうが、これによって教育はできるものではなく、教育の問題は結局、校長をはじめ、教師、親が子供の幸せを願っていると、子供は自ら教師、親への尊敬の心を持つようになると思うのです。そういうことから教育の基本ができるのではないでしょうか。


誰もが言う「何が何でも実現したい」という言葉を、どのくらいの強さで何が何でもと思うかが大事。


机上の勉強だけでは社会に出てもほとんど役に立たないのではないでしょうか。学校では社会に出て役に立つ実践的な教育をもっとするべきだと思います。高校でもアントレプレナー科もしくはベンチャー科があってもいいのではないでしょうか。


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