鮎川義介の名言 一覧

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鮎川義介のプロフィール

鮎川義介、あゆかわ・よしすけ(あいかわ・ぎすけ)。明治から昭和の実業家。日産コンツェルンの創設者。日産コンツェルンは日本15大財閥のひとつ。日産自動車、日本産業、日立製作所、日産化学、日本油脂、日本冷蔵、日本炭鉱、日産火災、日産生命などを傘下にしていた

事業開始の機に乗じて詐欺師が現れることはその事業が本物だということを証明する。


企業の栄枯隆替は運を別にして、中心人物次第だが、企業の命取りは中心人物の良心の麻痺症が病根だ。


「All OK = All no good(誰もが賛成することは、総好かんと選ぶところはない)」。売り方と買い方の競り合いなしに相場が成り立たないのと同じ理屈である。


俺は絶対に金持ちになるまい。だが大きな仕事はしてやろう。願わくは人のよく行いえないで、しかも社会公益に役立つ方向を切り開いていこう。


元来、生物だけが意識を持っていると思うのは人間の錯覚で、神は万物にそれを与えている。それを善用できるのは、愛のつながり以外にはない。金は金を愛する人を慕って集まるが、粗末に扱ったり、貧乏神にまつわられた人には近寄りつかない、たんに紛れ込んでもすぐ逃げていく。それは金に精があるからだ。


適者生存の法則はどこまでも真理である。人類の長い歴史は、ケモノの時代の方が幾万倍長かったであろうから、境遇次第で動物の本性が首をもたげるのも自然の現象と考えなくてはならない。


人間は反発心が大切である。神様はよくしたもので、貧乏人がいつまでも貧乏でないのはこの反発心があるからだ。また金持ちがいつまでも金持ちであり得ないのはなに不自由のない生活が反発心を失わすのである。その点で、世の親というものは、子供の教育を考えなければならない。


私のような老骨はいまさら出る幕ではないから、せめて後進の人づくりのために役立ちたいと思う。死んでも命のあるように、とまでは欲張らないが、余命が許されるなら、せめて人づくりの方面に何か残してあの世に行きたいものと念願している。


私は東京に共立企業という持ち株会社を設立した。この目的は、私の本拠たる戸畑鋳物(のちの日立金属)の事業は、その後大きく伸びたが、それにつれて人事関係が面倒になってきた。人が増えるとともに上がつかえるようになったのだ。たとえば部下により良い人材がいて、上の人間と取り替えたいと思っても、伝統的人情はそれを許さない。そこで、これをさばくため、いろいろの業種の別会社を設立して、そこに上の人間を送り込むことを考えついたわけである。縦の形を横に広げる、富士山型を捨てアルプス連峰型をとるようにしたのだ。こうすれば個々のプライドは傷つけずに済むし、また適材適所主義が行われやすくなる。


「至誠は天地を揺るがす」ということわざの通り、人間、至誠に終始すれば、絶体絶命の場合には、必ずや強力な支持者が背後に現れ起死回生の果報が授けられるものだ。どんな新事業でも創業から数年の間には、人生なら九死一生の境地ともいうべき危機に遭遇するもので、これは避けられない。かかる危局を打開していくには、ただ経営者の手腕や努力だけで乗り切れると思うのは間違いである。


立身出世の教義は儒教の小乗である。それは今日では排他的利己主義としか受け取られないかもしれないが、あの時代の立身出世は国家や社会をよくするためには、まず一家から始めなければならないという美徳の代名詞となっていた。


親を楽にするため、自分は何とかしなくてはいけない、こうした思想の芽生えが私をして一途に立身出世の曙光(しょこう)に向かって脇目も振らず足も早めさせたものと思われる。


難儀せん人は思いやりが足らん。しかしそれはまた世の習わしかもしれん。よし、立身して金持ちになり、俺の思い通りやってやろう。物をもらう身より、やる身の方が幸福というのは真理だ。願わくは、自分は将来、金持ちになって、困っている人を助けてやろう。
【覚書き|少年時代の誓い】


我が国で成功している企業は、一から十まで西欧の模倣によるもので、日本独特のものはなんら進歩のあとが認められない。高等教育を受けた者はみなバタ臭い方向に行って、味噌、醤油をつくる仕事はいやしい仕事として敬遠されている。私はその不合理と不思議を心もとなく思った。


努力だけで過去の事業が成功してきたかというとそうではない。やはり、これに運がプラスされている。しかし、努力のないところには絶対に幸運は来ない。


古来、事業をなすには天のとき、地の利、人の和と言い伝えられているがこれを貫くに至誠をもってしなくては事業の成功を期することはできない。


人を非難する場合、「お前がこれこれするのは、はなはだ面白くない」という批評家はたくさんある。しかし「それならどうしたらよいか」という対策を用意して、親切に教え得る識者は千人に一人あるかないかである。


評判がいいということが知れわたってしまえば、寄付を頼まれた場合、断るに断れない。しかしケチで評判が悪ければそういった依頼はまず来ない。だから、いい悪いというのは2つの面がある。


合理化はいいことだが、合理化が一番だということでやっていると自殺になる。自分自身もいることが無駄になっちゃって、自殺になっちゃう。だから、合理化というものが一番大事だと思ってやっているとダメだ。


カネというものは生きている。イキのいいところでどんどん使ってしまわなければ、この80万円でも、いまに30万円にも、20万円にも、わずか8万円にも使えないときがくる。カネはいつでも、イキのいいところでどんどん使っておくことだ。


ひとつ見込みをつけて事業をやろうとするからには、何事にもまず思い切って調査費を出さなければならぬ。調査費というものは決して無駄にはならぬ。調査費にドッと掛けるその勢いで、できない仕事もついできあがってしまうものだ。


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