高橋恭平の名言 一覧

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高橋恭平のプロフィール

高橋恭平、たかはし・きょうへい。日本の経営者。昭和電工社長。神奈川県出身。東京大学経済学部卒業後、昭和電工に入社。ベネズエラ・アルミニウム工業、昭和軽金属、日本ポリオレフィンなどへの出向、モンテル・ジェイピーオー社長、モンテル・エスディーケイ・サンライズ副社長、サンアロマー副社長など関連会社を回ったのち、昭和電工常務、石油化学事業部長、石油化学事業企画部長、専務などを経て社長に就任。

「沈黙は金」では何も生み出さない。


小さくても組織を一人の社員に任せる。私がそうであったように、自分でリスクを取り判断する経験は、最高の教育現場になります。


新入社員それぞれに希望部署がありますが、現実には希望外の部署に配属されることも多い。すぐに自分がやりたい仕事をやれるとは限りませんが、長い人生、必ず役に立つことがあるでしょう。まずどんな業務であっても、懸命に頑張ってみることです。


私は昭和電工に入社以来、長らく子会社や海外との合弁会社などに出向して、本当にさまざまな業務に携わってきました。それまで経験していなかった営業をやらされて当惑したこともありますし、ともに働く人々がガラリと変わる都度プレッシャーを感じました。しかしいま思えば、会社が本人を見込んで配属しているのですから、それなりの意味が亜はずなのです。


私はたまたま社長という立場に置かれていますが、これは社員や顧客に対して大きな責任を持つ仕事を任されたというだけのことです。いまはその責務に対して懸命に働いています。


昭和電工の社長になってから積極的に若手社員に小さな組織を任せる取り組みを始めました。優秀な社員を事業部は手放そうとしませんが、会社全体を考えれば、多様な経験を積むことはプラスに作用します。


いまの若者は海外志向がないと言いますが、果たしてそうでしょうか。むしろ年配者がそう思い込み、若者に機会を与えていないことの方が問題であるように感じます。もちろん並々ならぬ苦労はありますが、それ以上に大きなものを得られるはずです。


ベネズエラの合弁会社出向時代、日本との通信手段はもっぱらテレックス。返信に数時間かかることもざらでした。本国と相談させてくれと言っても聞き入れてもらえず、会議の場で自ら判断して結論を出さなければいけない。もちろんやみくもに判断するのはダメ。では、どうすればいいのか。普段から日本企業側と密に連携を取ることです。細かな事柄まで報告し、こういう決断をしたと事後報告も欠かさない。そうしたやり取りを通じて、ここまでは自分で判断していいだろうという「枠」ができます。経験を積み重ねれば、信頼を得られ、枠も広がります。


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