高島郁夫の名言 一覧

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高島郁夫のプロフィール

高島郁夫、たかしま・ふみお。日本の経営者。「フランフラン」「バルス・トウキョウ」などを展開する株式会社バルスの実質的な創業者。福井県出身。関西大学経済学部卒業後、マルイチセーリング株式会社に入社。マルイチセーリングの新規事業として株式会社バルスを設立後、株式を買い取り独立。同社を成長させジャスダック市場、東証一部に上場させた経営者。そのほか、バルス・ホンコン、リアルフリート、東京住宅などを創業し、生活とデザインを組み合わせた事業を展開した。主な著書に『フランフランを経営しながら考えたこと』『遊ばない社員はいらない 仕事の成果は、楽しんだ時間で決まる』など。

私は情報を溜めることにはまったく興味がないんです。情報は使えればいい。


読み終わった本や雑誌はどんどん捨てます。自宅にある本は20冊くらいかな。情報は使い終わったら捨ててしまってもいいものなんです。


いつも頭の中に十個くらいの引き出しがあります。何か引っかかることがあるたびに、頭の中に新たな引き出しができるので、あとは毎日毎日、それぞれの引き出しに情報が少しずつ溜まっていくのを待ちます。するとあるとき、引き出しがいっぱいになるので、そうしたらアクションに移します。どの業態も、その過程を繰り返してきただけなんです。


雑貨を充実させているのは、家具は頻繁に買うものではないので、来店頻度を上げるには雑貨が必須アイテムであることがわかったからです。そうやってアイデアを形にしていくときの判断基準は、あくまで作り手でなくお客様の視点を置く。あらゆる判断場面で、そこに立ち返ることを大切にしてきました。


いままで失敗した原因を考えた結果、「いいものであれば売れる」というプロダクトアウトの発想がいけなかったことに気づいたんです。それで、「お客様の求めているものを売る」というマーケットインの発想に切り替えて、まずは店を開く天王洲アイルにはどんな人がいるのかを調べました。そうしたら、若いOLさんが約4000人いることがわかったので、その人たちにウケるものを売ろうということでできたのがFrancfranc(フランフラン)なんです。


大塚家具の社長との出会いも、ある営業マンから紹介されたのがきっかけでした。当時、大塚家具は「プライスを崩す取引先」として有名だったのです。僕はそれに納得がいかなかったので、「メーカーを育てようという姿勢を持ってほしい」と社長に直訴したんですが、一所懸命訴えているうちに、感極まって涙ぐんでしまいました。そうしたら、冷たい人という定評だった社長が、値引きをやめてくれた上に、その後もずいぶん懇意にしてくれたんです。


外部でも、ああいう活きのいい人材は、積極的に応援していきたいですね。そこまで思うような人材には、なかなか出会いませんが。
【覚書き|熊本浩志氏の立ち上げたデザイン家電会社リアルフリートに出資した理由について語った言葉】


可能性を秘めた若い人材は、いっぱいいると思います。ただ、バルスという企業がかなり出来上がってしまっているので、その殻を破って新たなことをやるのは、社内の人間にはなかなか難しいかもしれません。


営業マン時代、私が心がけていたのは、「できるだけ上の人に会う」ということです。担当者ベースだと、なかなか仕事が決まらないからです。不思議なことに、同業他社の年配の営業マンが取引先の上の人を紹介してくれたりして、大きな仕事を決める機会が増えていました。相手の懐に飛び込むことが、わりあい得意だったのでしょう。
【覚書き|家具製造会社マルイチセーリングで営業をしていた時代を振り返っての発言】


24歳のとき、会社に東京転勤を直訴しました。もっと大きな仕事がしたい、と思っていたので。
【覚書き|家具製造会社マルイチセーリング大阪支店勤務時代を振り返っての発言】


いま思えば、最初の上司が仕事のできる人でラッキーでした。某家具店の店長とやりあい、「正当な取引をしてもらえないなら、商品を引き揚げます」と啖呵を切って帰ってしまったことがあるんです。顛末を上司に報告したら、「会社の姿勢をきちんと示した君は偉い」と褒められました。ところが続けて、「が、いまからもう一度行って取引を再開してもらえ」と言われたんです(笑)。最終的には土下座して謝ったら、先方も「君の真剣な気持ちがよくわかった」といってくれ、逆に関係が良くなったなんてこともありました。あの時期、営業の基本を現場で教えてもらったのは、大きかったです。
【覚書き|大学卒業後入社した家具製造会社マルイチセーリング勤務時代を振り返っての発言】


いまの若い人は、すごく真面目だけど小粒か、たんにハチャメチャなだけのどちらかです。「一見ハチャメチャだけど、根は真面目」というのが理想なんですが、そういう人は本当に少ない。でも、それは希少価値があるということでもありますから、「自分のやりたいことを明確に持っていて、それに邁進するハチャメチャなパワーもある人」にとっては、いまは追い風が吹いていると思っていいでしょう。


いまでも頻繁にショップへ足を運びます。だって、現場がすべてでしょう。現場で感じて何かを変えようとすることが次の革新を呼びます。それから、現場では顧客感覚を持つことが肝心です。売る側の立場にどっぷりでは、気づかないことが多いものです。


僕はまず優れた生活者でありたいと思っているんです。寝る、食べるなどに関してもプロでいたい。生活全体をベースにして「プロの生活者」の目を磨いてこそ、革新的なブランドやビジネスの発想が降りてくると思うのです。


「よく遊びますね」といわれますが、僕は本当に寸暇を惜しんで遊ぶんです。遊びで得られるものは、お客様に喜んでもらうアイデアにつながりますから。社員たちにも「遊びは大事だぞ」って言っています。


初めてトライアスロンに挑戦したのは15、6年前です。当時は会社を始めたばかりで、資金繰りや人間関係の問題など悩みを抱えていました。そこで過酷なスポーツに挑戦することで、メンタルタフネスが向上するのではないかと期待したのです。そしてその効果は確かにありました。トライアスロンは他の参加者とタイムを競いますが、本質は自分との戦いです。がむしゃらに泳いだり自転車をこいだりしていると「ちくしょう、負けてたまるか」と闘志が湧いてきます。


僕の場合、ひらめきが得られるのは、体を動かしているときと、さまざまな職業や年代の人と会話しているときです。


平常のときは誰だって頑張れます。ところが、崖っぷちに立たされたとき、気力・体力が続かず、負けてしまう人が意外と多いと思います。瀬戸際で持ちこたえるには踏んばる力がいります。自分の場合、その力は、体を鍛えることによって培われた気がします。


一週間のリズムをつくるうえでも、月曜の朝は大切です。スッキリした気分で週のはじめを迎えるために、週末に激しいスポーツをして体を疲れさせて、日曜の夜は早めに寝てしまうようにしています。仕事の合間にスポーツの時間をとることで、月曜の朝から元気に働くこともできるし、精神的にも自然な「短パン、ビーサン」のスタイルでいられるのではないかと思っています。


僕はできるだけ偉ぶらず、自然体でいたいと思っています。会社ではたまたま社長ですが、一歩街に出ればただの「おっちゃん」です。だから20歳くらいの女子大生とも、朝まで盛り上がることができます。彼女たちの消費動向もつかめます。


情報はアウトプットの素材です。料理人の仕事はカレーやサラダをつくることであって、冷蔵庫に食材を溜め込むことではないでしょう。それと同じです。情報をどんなにためても、アウトプットできなければ意味がない。


スマートフォンのカメラはよく使いますよ。たとえば「名刺のデザインがイマイチだな……」と気づいたとします。そういうときにはすぐに名刺を撮影し、修正指示のメールに写真を添付して送るわけです。「ここをこう直して」と、具体的な指示が簡単にできますよね。


アイデアを書き出した紙はファイリングは一切しません。紙に書く目的は、あくまでもアイデアをまとめて人に伝達するためです。たとえば店舗のディスプレイのアイデアを、口で説明しようと思ったら大変です。「ここにアクリルボードを敷いて、こっちに箱をおいて小物を詰めて……」と非常に時間がかかる。絵を描けば一瞬で伝わります。ですから、アイデアを書いた紙はすぐに担当者に回してしまうんです。手元にはほとんど残しません。


私は考えをまとめるのも、アイデアを広げるのも、紙に書きながらやることが多いのです。店舗の内装や商品のイメージを絵に描くのはもちろん、物流のオペレーションを図にして考えるとか、新ブランドの商品ラインナップを書き出してみるとか。あまりによくコピー用紙を使うので、とうとう自社で気軽に使えるノートパッドを商品化したほどです。フランフラン・スタンダードの「スタンダード・クリエイティブ・ノートパッド」というんですが、私がよく使うのは方眼のタイプですね。


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