高原慶一朗の名言 一覧

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高原慶一朗のプロフィール

高原慶一朗、たかはらけいいちろう、オムツ用品・生理用品・生活用品大手メーカーのユニチャーム株式会社創業者、在任42年間中39年間増収増益を果たした、大阪市立大学商学部卒業

自分は「健全な欲張り」だと思います。しかし、その姿勢が人間の能力を最も伸ばす資質だと信じています。


「生理用品を手掛けるのは恥ずかしい」と言う社員に、「日陰者扱いされる風潮こそおかしい。そんな遅れた意識を払拭するためにも、いいものを作って、日本一になろうではないか」と説得しました。


「たわいもない夢を大切にすることから革新が生まれる」とは、ソニーの創業者である井深大さんの言葉です。夢を一刻も忘れることなく一歩でも近づこうと地道な努力を重ねたとき、夢が現実になるのです。そして、夢の大きさがその人の人生を決めるのではないかと思います。


成せばなるという確信のもと、無謀な低価格競争を抜け出すために品質の改善を行ったり、紙おむつなど新しい製品分野を開拓して、参入三年後には国内トップになりました。その後はアジアを中心に積極的に海外展開して、世界第三位メーカーになり、世界一が夢ではなく目標になりました。


生理用品事業を立ち上げた当時、無我夢中でした。国内で先行していたアンネ(日本初の生理用品メーカーで、のちにライオンに吸収合併された)の工場見学をなんとか実現させてもらい、自分たちが攻めるべきところを分析しました。質の高い生産設備や全国の薬局をカバーする販売網など感心した点もありましたが、高コストな体質や改善の余地が大きい製品の品質など弱点もありました。決して勝てない相手ではないと確信しました。


会社を創業して2年目の米国視察でのこと。スーパーで消費者が周囲を気にせずに生理用品を買っていく姿を見てショックを受けたのです。「買うのが恥ずかしい」とされていた当時の日本ではとても考えられませんでしたが、同時にこれはいけると確信しました。


父の力をほとんど借りず、友人に株式を引き受けてもらったりして独力で資金を集めました。お金は事業経営の血液。初めから輸血に頼っていてはいけないと思ったのです。そして、自分にない力を持った人材を年齢に関係なく集めました。
【覚書き|29歳で創業した建材会社の立ち上げ時について語った言葉】


父の製紙会社を継がずに会社を創業したのは、創業社長になりたいという強い願望があったからです。29歳で建材の会社(大成化工)を起こしました。


おかげさまで当社は、生理用品とおむつの国内市場でそれぞれ4割、5割のシェアを持つようになりました。ただ世界では、米P&G、米キンバリー・クラークなど競合がひしめいています。何としても世界一になりたいというのが率直な気持ちです。


人間の自己実現には3つの「し」、すなわち「志」「師」「詩」が、人生のライフサイクルに共通してある。


成功は続けておさめるのは至難の業だが、ひとつ秘訣があるとすれば、それは過去の成功を捨てることから始まる。


こっちが恥ずかしいと思ったら買う女性はもっと恥ずかしいのと違うか。そんないわれのない社会通念や古い意識を変える時や。
【覚え書き|生理用品を取り扱うことになったとき、男性社員から反対意見が出たことに対する返答】


一、尽くし続けてこそナンバーワン。二、人生の三惚れ(職縁、地縁、血縁)。三、明・暖・和(明るくあたたかく和やかに)


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