香山リカ(精神科医)の名言 一覧

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香山リカ(精神科医)のプロフィール

香山リカ、かやま・りか。日本の精神科医、臨床心理士、評論家。立教大学現代心理学部映像身体学科教授。北海道出身。東京医科大学医学部卒業後、北海道大学医学部附属病院で研修したのち、市立小樽第二病院勤務、神戸芸術工科大学助教授、専修大学教授、帝塚山学院大学教授などを経て立教大学教授。テレビにコメンテーターとして出演したり、幅広い分野の本を執筆した。専門は精神病理学。

割り切るのはすごく大事。


心が疲れているときは、いきなり大きく環境を変えようとはせずに、まずは小さなことから変えてみるのがいいと思います。


辛いと感じたら、極端な逃げ方をする前に、しばらく休んでみることが大切です。


努力も挑戦もしないで、街を歩いていたら突然スカウトされるなんてことを夢見ている女のコもいます。そんなことはまずない。


テンションの高い状態は長く続かず、いつか燃え尽き状態になったり、突然起き上がれなくなってうつになることもあります。落ち込みたいときには素直に落ち込めばいい。周りがテンションをあげているからといって、それに合わせる必要はないのです。


どこかで「頑張って働くことはいいことだ」という価値観から抜け出して、人生を楽しむゆとりを持つことが大切です。そのためには、会社で働く自分という社会的な軸と、もうひとつの軸を持っておくことが有効です。何かひとつでいいので、自分が好きなもの、ここなら自分を認めてもらえるという場所をつくっておくこと。私自身も、医師でありながら執筆など別の仕事もしてきたことが、心のゆとりを形成してきたように思います。


知り合いの子供の話ですが、「ぬ」という字が書けず逆に書いてしまったそうです。でも知人は「違う」と指摘せず「面白い」と言いました。字はいつか書けるようになるのですから、このような間違いもオリジナリティとして評価してあげると自己重要感が高まると思います。


大事な決断こそ、その場で結論を出さずに先延ばしすべきだと思います。これは精神科医の経験からいえることなのですが、人間が大きなことを決断したがるときというのは、ストレスで心が弱っていたり、気持ちが追いつめられていたりする場合が多いのです。うつ病などで診察を受けにくる私の患者さんたちも、よいことも悪いことも含めて重要な決断をしようとします。何かしら大きな決断をすることで、無意識のうちに起死回生は一発逆転を図ろうとしている可能性が高いのです。


人間にとって最大のストレスは思い込みなのではないかと、私も最近よく感じています。たとえば現代では、ビジネスの世界はもちろん、あらゆる場面で「即断即決」がよしとされていますよね。でも私は、こういう価値観もそうした思い込みのひとつにすぎないと考えています。


オリジナリティにこだわりすぎないということが大切です。むしろオリジナリティはなくてもいいのではないでしょうか。あるにこしたことはありませんが、大事なのは、すべてをゼロから考えだそうとせずに、すでにあるフォーマットを上手く利用すればいいということです。


もしスケジュールや計画を立てるとしたら、それは一度立てたら変えられないものではなく、状況に応じて修正や見直しをしていくものと考えた方がいいと思います。状況変化を受け入れられないような計画は、その時点ですでに計画倒れになっているのですから。


私は基本的にその日のことしか考えないようにしているのです。「今日は、これとこれをやったら終わり!」と思えば、どんなに忙しい日でも、なんとか乗り切れるじゃないですか。


多くの真面目なビジネスマンたちにとって、自分を責めることや落ち込むことほど能力を低下させるものはありません。「また失敗してしまった」と落ち込むことで萎縮してしまい、心と体がこわばって、結局また失敗してしまう。こういう失敗・頓挫のスパイラルにはまってしまうことだけは、なんとしても避けたいところです。


目標が達成できなかったとき、まず取り組むべきは、失敗した自分の正当化です。計画を達成できなかったときに大切なのは、自分を責めたり落ち込んだりすることに時間とエネルギーを奪われないことです。そして、なるべく早く前の失敗はなかったことにして、また仕切り直しを試みる。そうすればむしろ、当初の想定より早いスピードで目標を達成することもできるかもしれません。


自分の立てた目標にがんじがらめになり、いつも「達成できなかったらどうしよう」と戦々恐々として生きる、というのは明らかに行き過ぎです。それがさらに進むと、「生きているだけで奇跡」どころか、1ミリの喜びも感じることができなくなります。自分が色あせた人間としか思えなくなってしまいます。だから、目標は「立てるべきもの」ではなく、「立ててもいいもの」くらいに考える。まずはこれが原則だと思います。


目標を立てて頑張ろう、と思っているビジネスマンの方々の意欲を削ぐようで申し訳ないのですが、人の世は災難続き、平凡になんとか生き延びるだけでも奇跡、というのが私の人生観です。


「さあ、どうぞ」といえば相手が自動的に話してくれるのかというと、それは違います。キックオフはこちらからしなければなりません。短い言葉で相手を持ち上げて、気分よく話をスタートしてもらう。それが重要です。


憧れの存在や理想とするイメージが、自分に合うとは限りません。反対に、自分とは合っていない、似合わないと思っていたことが、実はしっくりくることもあります。


「これで勝負する!」と肩ひじ張らないで、「将来、別のことをするかもしれないけれど、いまはとりあえずこれをやっておこう」といったように、肩の力を抜いて仕事に向き合うことも大切だと思います。


私の場合は、幅広い活動が上手い具合に現実逃避になっているんです。たとえば、診療をして上手くいかなかったなと思っても、大学の講義を頑張ればいいやと思うし、大学の仕事で失敗しても、よしじゃあ、今度書く本でいい仕事をしようと思います。「これが駄目ならあれがある。あれが駄目ならこれもある」と考えられるから、どうにかなっているんだと思います。


思うような成果を出せなかった場合、「今回はたまたま運が悪かっただけ」とか、「自分としては上出来だ、よくやった」といった、自分の中での評価もぜひしてほしいですね。他人の評価だけを気にしていては、心のバランスを崩してしまいます。


人には他人から褒められると嬉しいという心理があります。これが会社の場合は成果と結びつく。実績をあげれば、褒められるし、報酬にも跳ね返る。でも逆にいえば、成果が芳しくなかった場合に褒められることもないし、給料が下げられたり叱責されたりすることすらある。私は経済の専門家ではないけれど、最近の成果主義や実力主義には、少し行き過ぎの印象を持っています。


仕事が好きで、仕事に燃えている人はバリバリ仕事をすればいいだろうけれど、そこまで思えない人は、「生活のため」と割り切ってもいいし、仕事や会社にはそんな期待しなくてもいいと思います。そう思うくらいの方が、逆に仕事を楽しめる場合もあるものです。


多くの人がイメージする仕事ができる人や理想の人は、結構ステレオタイプで、バリバリ働く外資系のビジネスマンだったり、テレビドラマに出てくるようなやり手の弁護士や医師だったりします。でも、地味でも仕事を着実に丁寧にこなす優秀な人は大勢います。理想を追い求めることを否定することはないけれど、理想そのものが自分に合っていないことも、決して珍しくないんです。


上流を目指して頑張っている人も、勝ち組に向かって邁進するのは尊いことだけど、そういう人たちこそ、上流と下流がはっきり分かれる社会の落とし穴の部分にも目を向けて欲しいですね。自分たちだけが成功すればいいという社会は、やっぱり活力をなくして衰退していくと思うんです。


どんな法律が自分たちを守ってくれているのか、あるいは逆に、追い込んでいるのか、といったことも知った方がいいでしょう。


ヘタな商法に安易に手を出すのは危険です。「君には才能がある」とか「君にならできる」なんて甘い言葉をささやきつつ近づいて、悪徳商法の罠にかけようとする人もいますから。自己評価が下がっているときは、とくに注意が必要です。


人付き合いが苦手だと思っている若い人の多くも、決して人間自体を嫌っているわけではないと思うんです。そういう人たちは、旧来の上下や立場が重視される付き合いではなく、もっと等身大の自分を出せる付き合いができれば、案外上手くやっていけるのかもしれません。


本当に大切なのは、「身体に良いこと」と「心のストレス」とのバランスをとることです。「いくら身体に良くても、これ以上はストレスになるな」とおもったら、ほどほどにしておくというのが一番いいのです。


私の患者さんでも、ネット上のコミュニティではみんなから認められているのに、「じゃあ現実でも頑張ってみよう」となると、なかなか踏み出せない人が多いんです。バーチャルでのコミュニケーションは、ある種の救いにはなっても、現実に向き合うまでの力にはなりづらいということかもしれません。


学生の卒業論文の指導をしていてよく思うのは、彼らの多くが、「自分にしか書けない独創的な論文を書こう」という勘違いをしていることです。そういう学生に限って、資料や文献をやみくもに漁って、分厚いレポートにまとめてくるのですが、それは論文とはいえません。まず問題提起があり、それに対し仮説を立て、自分なりの解答を示すというのが論文に求められる定型です。いそうしたお作法に則っていなければ、いくらデータや情報をたくさん集めても評価されることはありません。


何事もスピードが重視される時代ですが、世の中には時間をかけることで自然に良い方向に向かうこともたくさんあると思っています。ビジネスにおいても私生活においても、人生の中で大事なことこそ、あえて決断を先送りにする積極的な意味を考えてみてはいかがでしょうか。


精神科医は悩みの原因を掘り下げる仕事と思われがちなんですが、すべてのことに原因があるわけじゃないでしょう。親とうまくいかない人が「どうしてこんな母親のもとに生まれたんだろう」と考えてもきりがないですか。だったら、割り切って家を離れて一人暮らしをするとかね。そうやって現実的に対応していくのが、精神医療のカウンセリングの中でも主流になってきています。


ついつい頑張りすぎて、心が疲れてしまった。そんな時は、とりあえず3時間、携帯電話やパソコンの電源をすべて落としてみてください。そして、あらゆる情報を遮断して、黙々と手作業に取り組むことをお勧めします。心静かに手を動かし、何かを達成することができれば、終わった頃には心も静まり、日分への自信も回復しているはずです。


努力して獲得できるものは、人生をそれほど画期的には変えないと思う。せいぜい資格の免状一枚分を履歴書に書けるとか、その程度。そう考えると、払った努力のコストパフォーマンスはとても悪い。だったらもっとのんびり楽しくやってもいいんじゃないかと思ってしまう。


諦めないことはもちろん大切なんだけど、それを持ちすぎると、夢や希望もいつしか幻想になってしまう。それに、諦めることは必ずしも悪いことばかりではなく、裏返すと、感謝の気持ちにもなる。小さな家しか建てられなくても、「雨露をしのげるだけでもありがたい」と思ったり。


懸命に仕事をしてきた人に、いきなり人生を謳歌しろといっても無理があります。人生を楽しむためにもそれなりのトレーニングが必要です。若い時期から、頑張りすぎる自分にブレーキをかけて、自分のもう一つの軸、本当のワーク・ライフ・バランスについて、考えてみることはできるはず。そうした積み重ねで、人生は豊かになっていくのかもしれません。


評価されない不安から逃げられないときは、会社以外の場所で、自分を肯定してくれるところをつくるのもいいと思います。


仕事を抱えて悶々としている人は、思い切って仕事を他の人に振ってみることをお勧めします。自分の仕事を手放すことに抵抗を感じるのなら、余裕があるときに相手の仕事も手伝ってあげればいいのです。お互いの得意不得意を踏まえて仕事を交換するのだと考えれば、抵抗感を減らせるはずです。


不本意な思いは、メンタルヘルスに悪い影響を与えます。月100時間の残業をしている人でも、自分で納得して働いている人でも、自分で納得して働いている人はメンタルの不安がほとんどありません。疲れているのは身体だけなので、睡眠時間をきちんと確保するなどの対処をすれば、まず問題ありません。ところが自分の努力が報われていないという思いを抱えている人は、長時間労働で身体とともに心にも疲労がたまっていきます。それがうつにもつながります。


自分のキャパシティを超えて頑張ってしまうのは、周囲に自分を肯定してもらいたい気持ちがあるからです。その気持ちは、「仕事を投げ出すと評価が下がるのではないか」「会社から見限られるのではないか」という不安の裏返しなのです。では、本当に頑張れば評価されるのでしょうか。いまは残業しない人が評価される時代です。仕事を抱え込んでズルズルと仕事をしていると「効率が悪い」と上司に叱られて、むしろ評価を下げてしまいかねません。


「ほかの人に仕事を振るのはサボっているようで嫌だ」と頑なに仕事を抱え込む人も少なくありません。こうした考え方をする人は要注意です。頑張りすぎて、自分を心身ともに傷つけてしまう危険があります。どうして頑なに自分で仕事を抱え込もうとするのか。それは責任感の強さゆえではなく、根底に不安を抱いているからでしょう。


最近の「前向きであることがいいことだ」という風潮も疑ったほうがいいと思います。いまは就職活動で、みんなが自分はポジティブな性格であることをアピールします。しかし、かつての日本は奥ゆかしいことが美徳でした。前向きさを主張することがいいことだという考えは、決して普遍的ではないのです。


時代の空気を気にし過ぎながら生きるのは、実にストレスフルです。たとえ古い価値観から逃れても、その時代の新しい価値観に乗り遅れることを恐れてびくびくしているようでは、本末転倒。かえって自分をすり減らしてしまうだけです。世の中がある方向に向かって一斉に動いているときは、あえて一歩引いて眺める意識が大切です。


キャリアプラン、ライフプランを立てるとしても、予想外のことが起きたときには「そういうこともある」と受け止めることが大切です。上手くいかないときにはバイオリズムや星の巡り合わせのせいにしたっていいのです。引きずる時間をできるだけ短くして、臨機応変に対応していきましょう。


自分が立てたプランにこだわりすぎるのは危険です。人生に不確定要素はつきもので、必ずしも計画どおりにうまくいくとはかぎりません。ところが人生を自分でコントロールできると考えている人は、うまくいかなかったときに「こんなはずではなかった」と世を恨んだり、「努力が足りなかったからだ」と必要以上に自分を責めてしまうことがあります。


私は人間がわりと苦手です。人前で話をするのも話を聞くのも、本当はあまり好きではありません。しかし、医者として仕事を始めたその日から、「仕方ない……『人間大好きのお医者さん』ってことで、いっちょやってみるか」と腹をくくり、白衣を着たときは、「元気な医者モード」にスイッチを切り替えることにしました。すると、これまではやったことのない「社交的な自分」を演じるのは、なかなか新鮮なものでした。周りの反応もこれまでと全然違ってくるので、それはそれで面白いのです。


「人間が苦手」という人のほうが、前向きな演技には向いているのです。なぜなら、「いつもとちょっと違う自分」よりも「まったく違う自分」になるほうが、ずっと簡単なことだからです。そういう意味では、中途半端に明るい人よりも、「自分は暗い」と自覚している人のほうが、その気になったら「人づき合いの得意な人」に化けられる可能性があります。


最近の若者のなかには、「自分の気持ちを偽りたくない」と妙に潔癖な人がいますが、仕事では自分の気持ちに正直なのが正しいとはかぎらないのです。いや、仕事だけではなく、恋人や親友の前でも、相手を楽しませたり、快適な時間を過ごしてもらったりするために、誰でもいくらかはいつもとは違う表情や態度を演出しているはずです。


仕事には演技が必要なのです。それを自覚しないで、「本当の自分はこんなことは苦手なんだ」とか、「もっと向分にふさわしい場所があるはず」なんて思ってしまうからつらくなったり、うまくいかなくなったりするのではないでしょうか。「いやあ、じつは僕、人づき合いが苦手なんですよ。だから本当はあなたとも話したくないんです」なんて正直にいう人と、一緒に仕事をしたい人はいません。


人から怒りをぶつけられたとき意識したいのは、相手が怒っている本当の原因です。相手から激しく罵られると、怒られたほうは原因が自分にあると考えがちです。しかし、相手の言葉を額面どおりに受け取ってはダメ。むしろ他のことで怒りを溜め込んでいて、たまたまあなたの前で爆発しただけというケースが多いのです。


怒りをぶつけてくる人から逃げられないときは、相手と同じ土俵に乗らないように注意してください。感情をぶつけてくる相手に対してこちらも感情的に返すと、お互いに怒りが増幅していって矛を収められなくなります。


みんなに認めてもらえる働き方をめざす自分に疲れを感じるなら、いっそ自分磨きをやめてもいいと思います。仕事で輝かなくてはいけないという考え方は、普遍的ではありません。日々の生活ができればいいという考え方があってもいいはずだし、経済的に豊かではなかった時代はそれが当たり前でした。


どうすれば怒りをまき散らす人からわが身を守れるのか。手っ取り早いのは、その場から離れることです。怒りの感情が物理的に届かないところに逃げれば、直接傷つけられることはありません。距離を取ったあとは、怒りをぶつけられたこと自体を忘れてしまいましょう。離れたあとも「あの人が怒っている原因は私にある」「こうしてあげれば仲良くできたのでは」と引きずる人がいますが、これでは逃げた意味がなく、逃げたあとの反省は自分を苦しめるだけ。さっさと頭の中を切り替えるべきです。


うつの治療でも手作業が見直されています。昔から、患者に園芸作業をしてもらうなどの治療が経験的に行われてきましたが、最近は大豆を右から左に移すような単純作業でも効果があるという研究者が出てきました。単純作業には暗い考えを遮断する効果があるのです。


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