阿部寛の名言 一覧

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阿部寛のプロフィール

阿部寛、あべ・ひろし。日本の俳優、モデル。神奈川県横浜市出身。中央大学理工学部電気工学科在学中、姉の勧めで集英社第3回ノンノボーイフレンド大賞に応募し優勝。以降『ノンノ』や『メンズノンノ』でモデルとして活躍。映画『はいからさんが通る』で俳優デビュー。二枚目俳優として絶大な人気を誇った。その後、20代後半に仕事が激減したことをきっかけに様々な役に挑戦し、役者として大きく成長した。主な受賞に日本映画プロフェッショナル大賞 特別賞、ドラマアカデミー賞 助演男優賞・主演男優賞、ギャラクシー賞 テレビ部門 個人賞、日本放送映画藝術大賞 放送部門 最優秀助演男優賞・最優秀主演男優賞、ニフティ映画大賞 助演男優賞、毎日映画コンクール 男優主演賞、橋田賞など。

先輩方と一緒に仕事をさせていただくときは、世間話をしながらも、その人の役者としての考え方や姿勢を参考にしようといつも考えています。こちらが聞けば、タダですごいことを教えてくれます(笑)。結局、自分がアンテナを立てているかどうかが大事なんだと思います。


目標にしている役者さんはたくさんいます。年齢が上になればなるほど、役者というのは厳選されていくものなんです。20代よりも30代、30代よりも40代になるほど有名な役者さんが減っていくのは、それだけ第一線で活躍し続けていくことが難しいからです。僕よりも上の年代の役者さんたちは、長い間モチベーションを保って続けてこられた方たちばかりですから、みなさん目標になります。


将来のイメージをそれほど明確には持っていません。ただ、自分より10歳ぐらい上の先輩の方たちのことはよく観察しています。そうした先輩方の役者としての情熱や立ち位置、仕事ぶりなどを見ながら、「10年後、自分はどうなっていたいか」をなんとなくイメージしています。


自分を客観視することは確かに難しいです。それにはやはり、相談できる相手が必要です。自分が考えていることを何でも話せる人が一人いるかいないかで、全然違う気がします。別に意見を言ってくれなくてもいい、聞いてくれるだけでいいんです。取り留めもなく話しているうちに、自分の中で考えがまとまっていくんです。


20代後半で仕事がなくなった時期、いただいた仕事は何でもやるようにしました。そして、どんな仕事でも、やるからには必ず何かお土産を持ち帰って自分の肥やしにしてやろうと。そうやって仕事に取り組んでいくうちに、仕事に対する楽しさや、やりがいをどんどん感じることができるようになったんです。


観る人が新鮮な気持ちで楽しんでもらえる作品をつくるということを、いつも自分のテーマにしています。それに僕自身、同じところで満足したくないという気持ちもあります。勝算のあることだけを繰り返すのは、飽きてしまうんです。


20代後半のころは完全に落ちていました。仕事はほとんどない状態、雑誌の「あの人はいま」みたいな企画で何度か対象になったこともあります(笑)。でも追い込まれたときに、初めて自分の置かれた状況や位置を真剣に考えたんです。最初は自分には何が足りないんだろうと考えました。それだけだとマイナス思考に陥ってしまうので、次に自分が有利なところは何だろうと考え、ひとつひとつ挙げていきました。


いま振り返ると、ただ単に仕事に恵まれていた最初のころは何も楽しくなかったんですよ。この世界にポンと飛び込んできて、あまり苦労せずに一瞬にして多くのものを手に入れてしまって。幸せなことですが、楽しさがわからなかった。でも、逆境に追い込まれたからこそ、仕事の大切さがわかり、自分の位置を客観的に見ることができるようになった。周囲からの評価や自分の実力も含めて、ありのままの自分を認めることができたあのときが、僕の本当のスタートだったような気がします。
【覚書き|20代後半で仕事がなくなって深く考えた時期を振り返っての発言】


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