鎌田浩毅の名言 一覧

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鎌田浩毅のプロフィール

鎌田浩毅、かまた・ひろき。日本の理学博士。京都大学大学院人文・環境学研究科教授。東京出身。東京大学理学部地質鉱物学科卒業。通商産業省地質調査所主任研究官、米国内務省カスケード火山観測所客員研究員などを経て、京都大学大学院人間・環境学研究科教授、京都大学総合人間学部教授に就任。専門は火山学。専門の火山についての本だけでなく、ビジネス書なども数多く執筆した。主な著書に『地球は火山がつくった : 地球科学入門』『火山はすごい : 日本列島の自然学』『知的生産な生き方』『成功術 時間の戦略』『マグマの地球科学』『京大・鎌田流 一生モノの人脈術』など。

昨日まで成功した手法を大胆に捨てることから新しいライフハックが始まる。


毎年講義の内容を変えています。同じ内容は私自身が面白くない。そんな講義を学生が面白がるはずがない。


すべてを自前にこだわる必要はありません。白紙から新しい知見を生み出すことを「オリジナル」と呼ぶなら、過去の情報や知識を組み直して新たな知見を加えることは「クリエイティブ」といっていいでしょう。いきなりオリジナルを目指すのではなく、まずはクリエイティビティ(創造性)を身につけることが、優れた差別化への近道です。


緻密に論理を重ねる理系人ほど完璧主義に陥りやすいと思われがちですが、実際は逆です。効率的なアウトプットを優先する理系人は、時間を無駄にすることを嫌います。限られた時間で効率的にアウトプットをしようと思えば、手のかかるものに時間を費やす暇はありません。書きづらい部分は飛ばして、さっさと先に進みます。


大切なのは、常に仮説を疑う姿勢です。仮説の重要性については多くの人が気付いているはずですが、自分で立てた仮説に固執するあまり、都合の悪い情報を無視するなどして、むしろゴールから遠ざかってしまう人が少なくありません。仮説は情報を加えて再構築するたびに進化します。仮説は3日たったら捨てるくらいのつもりで、どんどん転がしていく。それがスピーディでクオリティの高いアウトプットを生み出すコツです。


文章は完成前に一度、立場の違う人に読んでもらってみてはいかがでしょうか。私も一般向けの火山入門書の原稿を学生に読んでもらったところ、「圧力ってなんですか」と質問されて驚いたことがありました。「これぐらいはわかるはず」は、自己満足にすぎませんん。相手に伝わってこそ、いい文章といえるのです。


デッドライン(締切)に追われながら文章を書くと、焦りが視野を狭めて発想も短絡的になりがちです。そこで意図的に完成を前倒しして、このまま提出しても最低限の責任は果たせるという状況をつくるのです。緊張状態から解放されると、それまで思いつかなかった斬新なアイデアが思い浮かぶことがあります。文章のクオリティを高めるため、ぜひ余裕をもって作業に取り組んでください。


文章は提出期限の数日前に完成させることが重要です。仮に期限まで10日あれば、8日までに完成させるつもりで書き始め、2から3日のバッファー(緩衝期間)として空けておきます。なぜ前倒しして完成させるかというと、ひとつは思わぬアクシデントに備えるため、もうひとつは文章を熟成させるためです。


古典は引用の即戦力としても魅力的です。いまも読み継がれる古典には、時代を経ても錆びない普遍的・本質的な言葉が書かれています。少なくとも多くの人が古典をそのようにとらえているため、引用によって文章に一種の権威を与えることもできます。


古典を読んで内容が難しいと思ったら、本棚に積んでおくだけでも十分です。いま内容を理解できなくても、10年、20年後、自分の置かれた状況が変わることで、突然、合点が行くことがあります。幸い、古典は時間を経ても腐りません。読みたくなったときはすぐに手に取れるよう自分の本棚に常備しておくことが大切です。


古典は「解説」から読みましょう。古典を理解するうえで重要なのは、歴史上の位置づけです。どのような時代に生まれて、その登場によって人間の見方・考え方にいかなる影響を与えたのか。そうした背景がわかれば、本文の理解も早く進むはずです。


即戦力の本ばかり読んでいると、自分の中にある知識の泉が枯れてしまいます。直近のアウトプットを念頭に置いて読む本は8割程度に抑え、2割程度は将来のための自己投資として古典を読むべきではないでしょうか。


文章に深みを加える事例がデータが欲しいとき、本は大切な情報源になります。このとき一冊を最初から最後までじっくりと味わうのは文系人の発想です。理系人なら目次に目を通してから、必要なところだけを効率的に読みます。


文章を書くときにも、仮説と検証のプロセスは必須です。科学者は短い論文を書くとき、実験より先に論文を書いて、あとから実験結果を付け加えます。期待通りの実験結果を得られれば、そのまま論文として提出できるし、実験結果と整合性が取れなければ論文を修正します。いずれにしてもデータを揃えてから考察を始めるより早く論文が完成します。


文書ではデータの見せすぎには注意しましょう。データをすべて見せる必要はありません。量が多くなるほど読み手にデータの読み取りを強要することになります。年別の統計を使うなら、10年ごとにまとめてみたり、強調したい年だけ抜き出して見せるのもいいでしょう。抜き出して見せる部分は、3つが理想です。ひとつだけを抜き出しても意味が伝わりにくく、多すぎても読み手に負担をかけるからです。


文書に数字や図表といったデータを入れ込む場合は、数字や図表がなくても意味がわかる文章を書くことが先決です。ときどき数字や図表が唐突に登場した印象を与える文章を見かけることがあります。それは文章ありきで構成を固めていないからです。個条書きでもいいので、一度、文章で表現してから数字や図表で代替すると、読み手にもデータの位置づけが明確に伝わるはずです。


ビジネスでは、何をやるにしても反対意見が出てきます。あらかじめそれを踏まえて構成を組めば、説得力のある文章になります。


文章の構成は三部構成を意識すべきです。人が同時並行的に処理できる数は諸説ありますが、3が上限です。少なくとも3つまでなら要素同士の関係がわかりやすく、読み手も混乱しにくいのです。


文章は何を書くかという選択より、何を書かないのかを決めることを意識すべきです。すでに多くの人が書いていることを書くだけでは、その他大勢の中に埋もれてしまいます。手垢のついたテーマや情報は、思い切って捨てる。そのうえで情報を組み直せば、誰も見たことのない文章が出来上がります。


世の中で求められる仕事の8割は、既存の情報を組み直すことで事足ります。その意味で仕事はコピー&ペーストそのものです。ただ、いまや検索の技術が発達して、誰でも簡単に情報の切り貼りができます。だからこそ、何を選ぶかという自分の基準が個性につながるのです。


文章を真似るだけでは個性がないという考え方は間違いです。世の中には、参考にしたい名文がたくさんあります。その中から誰を自分のお手本として選ぶか。その選択が自分らしさを発揮する第一歩です。


個性的な文章を書くためには、他人の文章を徹底的に真似することから始めるべきです。新知見の多くは、先人の蓄積の上に成り立っています。先人の蓄積を全部パスして最初からオリジナルを追求すると、かえって遠回りになるのです。


思いついたところから書いて断片をつくれば、あとから繋ぎ合わせて編集することも可能です。私もよく外出中に携帯電話で思いつきを打ち込み、PCに転送しています。あとでメールをコピー&ペーストすれば、もう文章作成の大部分は終わってしまいます。


結果的に冒頭部分を最後に書くことになっても構いません。無理して最初から書き出すより、ずっと早く文章が完成するはずです。


理系には文章を最初から順番に書く発想はありません。全体の枠組みを決めたら、書きやすいところから文章を書いて、枠を埋めていきます。自分の最も主張したいことから書いてもいいし、データや事例といった客観的事実から書くのもいい。どちらにしても書きやすいところから始めれば、文章を書かなければいけないという心理的な負担も軽くなり、楽に作業に取りかかれます。


多少のアラがあっても、期限までに許容範囲のクオリティで全体を完成させること。どんなときでも、不完全になる勇気を持つことが大切なのです。わからないことや、未達成なことがあっても、まずは全体の把握と、期限内の完成を念頭に、一気に進むことです。細かいことは気にしないので、これは意外と気楽なものです。時間を上手く活用していくことができるのは、いい加減を「良い加減」で使いこなせる人です。


私は今年の手帳と去年の手帳の2冊を持ち歩いています。去年の手帳も持っていれば、過去のスケジュールを見ながら、重要な案件が入らない時期を予測できます。


仕事で成果を出すことを考えるのであれば、読書中にまずは必要な部分だけをピックアップして熟読し、あとは読み飛ばしていく方式が一番いい。


まわりにスケジュールで真っ黒に埋まった手帳を自慢するような人がいるのではないでしょうか。しかし、これは時間管理ができていないということを自ら証明していることに等しいのです。仕事のオフはオンの残りをかき集めて形成するものではありません。本当に仕事ができる人間は、休暇の残りで、どうやって仕事を組み立てていくかを考えるものです。


人間の頭がフル稼働できるのは、極論すれば1日1時間程度です。日本のトップは進んで休みなく働きますが、これでは疲れがたまるほどに頭脳労働が低下していってしまいます。


私は知的消費としての読書を否定しません。むしろ、大いに推奨します。ゆったりと読書をするようなオフの時間こそが、クリエイティブなビジネスには必要だからです。


しばしば突発的な案件が入ってしまうこともありますが、そのようなときはどうやってその仕事を脇に寄せるかが勝負です。ここであっさり休暇を返上しては、長い休みはいつまでたっても取れません。実際、理系の研究者にはまとまった休暇を楽しむ人間が多いものです。私の知り合いの教授にも、長期間行方をくらませたりする人間がいます。ただし、消えるのはいつも研究に区切りがついたタイミングなので、誰にも迷惑がかかるわけではありません。私もそんな研究者の一人で、どんなに忙しくても、休暇はきちんととります。


おそらく過去のノーベル賞をとった研究も、計画の達成度は70から80%程度だったに違いありません。研究者が考えるべきは、限られた材料でいかに質の高い論文を完成させられるかということです。私を含め理系の研究者は、常に仕事の質と期限とのバランスを念頭に置いているのです。


ノーベル化学賞や物理学賞をとるような論文であっても、当初の計画を完ぺきに達成して発表されたものは皆無といっていいのです。研究の世界では、100%のデータがそろわなくても、先に論文を発表したほうが勝ちです。一方で、完ぺきなクオリティでも、評価はゼロになります。そのため理系の人間は、不完全なデータを活かして、どれほどの成果があげられるか、クオリティと期限を天秤にかけて作業しています。


調べ物をしていて、30分ほどしてわからないことは、そのあと5時間費やしてもわからないものです。すぐにはわからないことを後回しにして、できることからどんどん進むのです。そうしているうちに頭は回りだし、「そうだ、誰それに相談してみよう」「あそこの測定機を借りればよい」などのアイデアが湧いてきます。はじめは虫食い状態だった論文や企画書でも、いつのまにか内容が充実していくのです。


幸いなことに私の研究する火山の近くには、必ず温泉があります。仕事を離れ、ゆっくりお湯につかって英気を養っています。


自分の能力を見つけ出してくれる人のことを、中国古典の言葉で「貴人(きにん)」と呼びます。オリジナリティは、自分でも気がつかないうちにできているもの。そのオリジナリティを教えてくれる貴人の意見を聞けるかどうかがとても大切なのです。


先人の知識ややり方を徹底して真似る。真似して、自分なりに試行錯誤する中から、自分のスタイルができあがってきます。


競合が少ない分野でも、いったん成果を出すと、次々と競争相手が参入してきます。すると、ナンバーワンであり続けることが難しくなる。そこで、自分の専門性を活かしながら、別の分野へと活躍の場をシフトすることが必要になります。それができればオンリーワンになれます。


世界に通用する専門家となるには、どの土俵で戦うかをよく考えなければなりません。競合が多い分野では、いくら努力してもなかなか成果が出ないからです。逆に競合が少なければ成果が出やすい。


他人にはないオリジナリティというものは、いきなり生まれるものではありません。世界の見方を変えたレヴィ=ストロースもアドラーも若い頃から長く先人の真似をして仕事をしてきたからこそ、オリジナルな仕事ができるようになったのです。


一般の方に向けて本を書くとき、読者の関心に関心を持ってコミュニケーションが成立する構造をつくってから、そこに載せるコンテンツを決めています。


学生が関心を持っていることに教授が関心を持っていないと、何を言っても学生に伝わらない。


現象の奥にある構造が見えれば、予測することができます。予測ができれば、対処ができます。


地頭が良い人と悪い人の違いは、個々の現象に振り回されることなく、その奥にある構造を捉えられるかどうかです。


ノートを書くのが好きな人が陥りやすい失敗として、ノートという途中のものはよくできているのに、肝心のアウトプットの出来がよくないことがあります。書いたノート自体が美しい作品になってしまうと、かえって頭に残らないんじゃないかな。ノートに全精力を費やしても、頭を素通りしてしまっては、知的生産としてはムダです。ノートは通過点にすぎず、最終的には、他人にもわかる成果が出なければならないんです。僕はこれを「アウトプット優先主義」と呼んでいます。


僕はノートをたくさんつくって準備するけど、内容を頭に入れたら、書いたものは捨ててしまいます。極端な言い方かもしれませんが、アウトプットのためのノートは、残してはいけないんです。僕の場合は、最終的なアウトプットは論文や著書、講義というかたちになって残りますから、途中のものは残しておく必要がない。


講義ではライブで学生に話して、面白いものであることが最優先なんです。立派な講義ノートをつくっても、読み上げるだけの講義では活きていない。聴いている学生はつまらないんです。


週刊誌で連載の話を頂くと、依頼されたネタ数の10倍くらいを用意します。依頼主にはその中から好きなものを選んでもらえるというメリットを与えられるし、残りのネタも他の企画などで生かすことができるので、何一つムダがありません。「今回はこのくらいでいいや」と、最初の準備段階から手を抜いてしまうと、目先の省力化にはなっても、一緒に仕事をする人の信頼は得られず、仕事のクオリティーも上がらない。


大きな企画を立ち上げる時は、ゼロから仕組みを作るため多大な労力を伴います。でも、いったんその仕事が成功すれば、同じ仕組みや同じメンバーで次の仕事をしやすくなる。私はこれを「仕事のシリーズ化」と呼んでいるのですが、最小限の労力でアウトプットできるようになるので非常に効率的です。


人の仕事のペースは実に様々。違うペースの人と組む場合に、自分のペースに合わせてもらおうとしても、相手は動かない。だから、自分が上の立場であったとしても、仕事は相手のペースに合わせるというのが、結局は最も効率的です。


人から依頼された仕事は、スケジュールに2割程度のバッファーを取り、約束した締め切りより前倒しで仕上げるよう心がけましょう。日程に余裕があれば、追加のややり取りも可能になるので、仕事のクオリティーは確実に上がります。逆に、バッファーを取らずに綱渡りの仕事をしていたら、何とか終わったとしても、相手の信頼は得られません。その仕事が未来につながる可能性も低下します。


スケジュールはぎっしり詰め込むのでなく、相手のためにバッファーを取る、というのが基本です。人と会う約束をしたら、例えば1時間の面会なら、その前後30分から1時間は空けておくのが理想。これならスタートが多少遅れても、話が弾んで長引いても大丈夫です。気持ちにも余裕ができるから、じっくりと良い話し合いができます。バッファーを取るのが惜しいような人とは会わなくなるから中途半端なつき合いをしなくなるという効果もあります。


面白い研究をしている人の周りには世界中から研究者が集まってきて、どんどん発展していきます。ところが、面白くない研究者からは人も離れ、シュリンク(縮小)していく。活きた時間も死んだ時間も伝染する、というのが僕の持論です。


時間の使い方を考えるうえで、まず知っておきたいのが、「活きた時間」と「死んだ時間」の違いです。「活きた時間」は時が経つのも忘れるほど何かに夢中になったり、ワクワクドキドキするようなクリエーティブな時間。「死んだ時間」は刺激もなく、惰性でだらだら過ごしてしまう時間です。「活きた時間」を増やし、「死んだ時間」を減らす、というのは人間関係を広げていくうえでも非常に重要です。なぜなら、「活きた時間」には人が集まり、ますます活性化していくから。


人間の能力なんてどんぐりの背比べで、大きな差は出にくい。結局、どんな仕事も、人間関係がきちんとしているかどうかで、長期的には大きな差がついてくるんです。


大事なことは、目の前の仕事を短時間で終えることではなく、次の仕事につなげていくこと。長い目で見ると、相手のために時間を使うことは、人脈を広げ、将来的に仕事を大きく広げていくうえで、最も効率的な手段になります。


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