鍜治真起の名言 一覧

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鍜治真起のプロフィール

鍜治真起、かじ・まき。日本の経営者。パズル雑誌を扱う出版社ニコリの社長。北海道出身。慶應義塾大学国文科中退後、溶接工、薬品翻訳、出版社、そのほか多数のアルバイトを経験したのち、印刷会社に就職。営業として同社に在籍中、日本初のパズル専門雑誌『パズル通信ニコリ』を創刊。数独パズルを世界的なブームに成長させた。

規模が大きくなると、どうしても商品やサービスが、自分の手の届かない読者やお客さんに向けたものになってしまいます。でも、手の届かないお客さんに向けた仕事って、どうなんでしょう。どうも僕にはピンときません。


あくまで自分が楽しいと思うものを、目の届く範囲で提供したいだけ。それが僕にとっての仕事の楽しみ方です。


好きなことが仕事なら、それが一番楽しんで働ける要素になるでしょう。孔子も、「好きなことを仕事にしなさい。一生働かなくて済む」といっています。


どんな人にも、仕事を楽しめる自分と、楽しめない自分との両面が存在すると思います。そのどちらかが表面に出てきているわけで、何かのきっかけで、仕事の楽しさは突然、逆転するものだと思います。


いま実践しているのは、会議をなくすことです。次々と会議をやめて行っても、とくに困ったことはありません。代わりに僕が知っておくべき情報は、現場から直接あがってくるようになりました。つまり、社員一人一人が自分の仕事に自覚をもって取り組んでいけば、必要に応じて主体的に集まったり相談したりと、意見調整できるものなのです。


「自分は何が好きか」などと、あまり真剣に考えすぎても、委縮して身動きが取れなくなってしまいます。ですから、「自分がやりたいのはこれだ!」などと頑なになりすぎず、「なんとなくこちらだと、やる気が出るな」といった感性にも目を向ける。そうして自分の尺度にあった仕事を求めていけば、いいのではないでしょうか。


ニコリも数年前までは、役員が集まって、書店のデータを分析したりする営業戦略会議をやっていました。でもよく考えると、細かい数字を知るべきなのは、書店周りをする営業マンで、役員全員が4~5時間もかけて話し合う必要はないことに気づいて、やめました。同様に制作会議も、長く続けると、次第に社長の僕に見せるためだけの資料が出始め、これではクリエイティブでないと、やめました。


目指す会社像は、ひとことで言うと「カッコいい会社」です。


売上や利益の数字が増えた方がいいとは思いません。毎年、決算数字が変わらないのが僕の理想です。その方が、税金の額もすぐにわかるし、突然仕事が増えたりもしないから楽ですよ。僕は根っからのギャンブラーで、お金なんてどれだけあっても、しょせんあぶく銭だって知っているから、お金のために働こうとは思いません。


『数独(大ヒットした数字パズル)』は神様のくれたご褒美です。それ以上のものではありません。正直言うと、数独のヒットはニコリにとって、決してプラスではありません。自分たちの手を離れて、どこか独り歩きしているような感覚ですから。潜水艦のように、深く沈んで静かにじっとしている方がいい。それが、間違って浮上しちゃっている状況なので、そろそろもう一度潜らなければと真剣に思っています。


僕にとってニコリというのは、デリバリー専門のセンターキッチン方式ではなく、奥の厨房でつくった料理を、カウンターで直接お客さんに手渡しする弁当屋のイメージなのです。ですから、お客さんの顔が見えている限り、わざわざお金をかけてマーケティングする必要もないし、読者の意見を聞きたければ、2か月に1度、読者が集まる会合を開いているので、そこで聞けばすぐにわかります。むやみやたらに拡大路線をとっていないので、十分な顧客情報が手元に集まるのです。


数独が大ヒットしても、非拡大路線は変わりません。いまでも書店一軒一軒の配本部数を合計して、刷り部数を決めています。こうすると、たとえば広島のある書店の配本が、5部から20部になったら、「この前、僕が広島のラジオに出演したからだな」などと、理由もちゃんとわかるんです。


日本初のパズル専門誌を創刊して3年目、パズル誌のジャンルに大手出版社の参入がありました。しかし、読者層の拡大を図ろうとすると、どうしてもパズルを解くと商品がもらえるような、プレゼント雑誌になってしまいます。それよりも僕らは、あくまで質の高いパズルを、自分たちの手が届く読者の方に提供したかった。そんなふうに拡大路線に走らなかったことが、結果的によかったと思います。


起業当時、僕はどんな書店でも、売り込みに行けば、すぐに置いてもらえるものだと思っていました。でも、行く先々で、「扱ったことがない」を断られる。いままでにない雑誌だから創刊したのに、断られ続けると、次第に書店を回るのが嫌になりました。ある書店で、「売り込んでも置いてくれない店で、頭を下げ続けてもしょうがない。見込みのある店だけで部数を伸ばせばいいんだよ」と助言をいただいてから楽になりました。それからは、あくまで直販にこだわり、自分の面識のある書店だけに、足を使って販売するという方針を続けました。


最初は、完全にパズルは門外漢でした。でも、たまたま目にしたアメリカのパズル雑誌が面白くて、そのころの日本にはまだパズルの専門誌がなかったので、「じゃあ、やってみるか!」と始めたわけです。ニコリの立ち上げメンバーは、僕を含めて3人。当時、全員パズルに関しては素人で、雑誌づくりのノウハウもないから、苦労しました。


僕はもともと、出版社や印刷所に勤務しているときから、「いつか自分で雑誌をつくりたい」という気持ちがありました。


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