鈴木宗男の名言 一覧

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鈴木宗男のプロフィール

鈴木宗男、すずき・むねお。日本の政治家。北海道出身。拓殖大学政経学部在学中から衆議院議員中川一郎の秘書として活動する。その後、衆議院議員選挙に当選。国務大臣北海道開発庁長官、沖縄開発庁長官、内閣官房副長官、衆議院議院運営委員長、衆議院外務委員長などを務めた。新党大地代表。

大出世を目指すなら、下の面倒を見ることだ。小さな出世で良ければ、上にお世辞を使えばいい。


人生は思い通りにはいかない。挫折や失望は誰しも味わうし、どこにでもある。そこで諦めてはいけない。生きていればいいこともあるし、逆転もある。


努力に勝る天才なしで、人並みなことをしていたら人並みで終わる。人より一生懸命汗を流すことで信頼が増し、可愛い奴だと思われるようになる。


努力しなければ人の上には立てないし、大切な人からは可愛がられない。


頑張って人一倍努力することが重要。言われたことだけをこなしていては、所詮「人並み」止まり。周りも可愛い奴とまでは思ってくれない。


秘書時代、「出る杭は打たれる」から、妬みや僻みを持たれることもあった。秘書仲間にとって「お前らも鈴木を見習え」と比較され、日曜日も働いたりと余計なことをする私は迷惑な存在だっただろう。でも、そう言われてこそ一丁前。働きの悪い連中の声に気を遣う必要はない。


普通は言われたことを言われた通りにハイハイとこなせば可愛がられると考えがちだが、それではレベルが低い。言われたことは誰でもやるが、言われた以上のことをやってこそ価値がある。私自身もそれを実践してきたし、そばで見ていた後輩の秘書たちも、いまや代議士や北海道議会議員、市議会議員として活躍中だ。


やる気のない者は言われた通りにしか動かない。うちの秘書を見ても、私が指示したことをちゃんとやる人はいるが、それ以上のことをするかどうかは、その人の将来を大きく左右すると思う。


人の上に立つ人は、豊富な経験を持つ自分と比べてどれだけ努力しているかを判断する。ちょっと軽いなと思えば切り捨てるし、なかなかのものだと判断すれば登用したいと思うものだ。


大切なことは、与えられた立場で頑張って努力すること。秘書になって結婚するまで3年半、私は365日休まず働いた。「今までの秘書とは違う」と、中川(一郎)先生からの信用は深まっていった。


上司や周囲に可愛げがあると思われるには、まずいつもニコニコして我を抑える必要がある。ただし、いい人だと思われるだけではだめだ。政治の世界では、「いい奴だ」は「間抜け」と同義である。


努力をすれば必ず人は認めてくれるはずだが、いくら頑張っても報われないときがあるのも事実です。そのときには、手柄は人に渡しましょうと思っていれば人を恨む気持ちもおさまるものです。


いうまでもなく政治家・鈴木宗男の生みの親は中川一郎先生であり、育ての親は金丸信先生です。中川先生と金丸先生に共通しているのは、人間関係を大事にする情の政治です。中川先生には「人間関係が細いか、太いかで政治家の将来が決まるぞ」とよく言われたものです。


自分の手柄を人のために回すだけの腹が据わっていれば、政治家の中で存在感が増し、子分も増え、政治基盤の強化にもつながってきます。私は竹下登先生のこの生き様から、権力をとるためには並々ならぬ奥深さや忍耐をもって臨まなければならないという厳しさを学びました。


当時ニューリーダーと言われていた竹下登、安倍晋太郎、宮沢喜一、中川一郎の各先生の中で、竹下先生は最年少で官房長官になるほど出世が早いこともあって、「あいつはずるい」「やりすぎだ」といった批判を受けないよう気を遣っていたと思います。竹下先生は政治の妬み、僻み、やっかみが渦巻く世界で生き抜くためには、手柄を人に渡すことで、少しでもこのリスクを下げようとしたのでしょう。そのため日ごろから一生懸命汗を流し、人のために頑張っている姿を見せることで、いずれは必ず自分に返ってくるはずだと考えていたのでしょう。


竹下登先生は「汗は自分でかきましょう。手柄は人に渡しましょう」とよく話し、それを実践した政治家でした。しかし、そこには政治家としての計算があり、「俺は将来、内閣総理大臣になる」という先を見据えた戦略によるもので、ある意味では竹下流の男の美学でもあったのでしょう。


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