野杁育郎の名言 一覧

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野杁育郎のプロフィール

野杁育郎、のいり・いくろう。大阪みやげ「なにわ名物いちびり庵」などを展開する「せのや」の社長。大阪出身。早稲田大学第一文学部演劇専攻卒業後、雑誌記者を経て、16世紀末から続く家業の「せのや」を継ぐ。当時文房具店だった「せのや」を法人化し、ファンシーグッズやおみやげを売る業態へと転換。大阪の地域活性化のために「なにわ名物開発研究会」を設立し会長を務めた。

せのやの社員が、私が本業以外のまちづくりなどにかかわっていても反対しないのは、大阪のまちが楽しくなって観光客がたくさん来れば「いちぴり庵」は必ず繁盛すると思っているからでしょう。「社長がやってはるまち歩き観光に、一ぺん行かせてください」と言う若い社員すらいるほどです。そういう社員のためにも、大阪をよくしようとがんばり続けるつもりです。


業種・分野を超えたネットワーク組織「なにわ名物開発研究会」を立ち上げ、私が代表幹事に就任しました。最初に協力してくれたのは、商売をやっている人はもちろん、大阪にこだわりのある方とか、まちづくりに力を入れている方など。今では会員数が70を超えています。「名物開発研究会」とはいえ、大阪みやげの開発ばかりをやっているわけではありません。大阪はまちそのものが「名物」です。だから、まちづくりについても考えるのです。


私は長男なので、十代のころから「将来は(父の文房具店の経営を)やらなあかんやろな」とは思っていました。だからでしょうか、学生のあいだは、できるだけ店の仕事から離れたものを勉強したいという気持ちがありました。結局、早稲田大学の第一文学部(当時)で演劇を専攻することになりました。しかし、あとから考えてみると、演劇は店の仕事にとても近い。プロデューサーやディレクターは誰がやり、配役をどうするかとか、そういうことは店づくりのあり方と非常に重なってくるのです。


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