野中郁次郎の名言 一覧

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野中郁次郎のプロフィール

野中郁次郎、のなか・いくじろう。日本の経営学者。東京出身。早稲田大学政治経済学部卒業後、富士電機製造勤務を経て、カリフォルニア大学バークレイ校経営大学院でMBAとPh.D.を取得。南山大学経営学部教授、防衛大学校社会科学教室教授、一橋大学商学部産業経営研究所教授・所長、北陸先端科学技術大学院大学知識科学研究科長、一橋大学大学院教授を経て、一橋大学名誉教授、カリフォルニア大学バークレイ校経営大学院ゼロックス名誉ファカルティ・スカラー、クレアモント大学大学院ドラッカー・スクール名誉スカラーなどを務めた。著書に『アメリカ海兵隊 非営利型組織の自己革新』『経営管理』『戦略論の名著 孫子、マキアヴェリから現代まで』ほか。

合理的な考え方や分析も大事ですが、それだけでは優れたパフォーマンスを実現することはできません。イノベーションは、分析からは起こらない。


厳しさの中の楽観もまたリーダーに大切な資質であり、イノベーションを起こす大事な要素なのです。


当たり前のことをやり続けるのは実はとても難しいことです。ですが、当たり前のことをきちんとやってさえいれば、必ず道は開ける。


人は自信を持ちすぎると現実を直視することが難しくなります。


経営者が過去を洞察して反省し、謙虚な姿勢を崩さない。そのうえで自分は日々会社の歴史を作っているという自覚を持つ。そういう姿勢と自覚を持つ経営者だけが未来を築いていくのでしょう。


第三者による働きかけはリーダーにとって重要ですね。日本企業で組織変革が困難なのは、「成功体験が真理になる」という日本軍の本質をいまだに受け継いでいる部分があるからです。トップが自分を否定するような人物を後継者として育成・選抜するということがなかなかありません。


優れたリーダーが、現場の模範となる次のリーダーを育てることが必要でしょう。伝統的な徒弟制度に代わる場を用意し、フィードバックサイクルを速めて内省の機会も作ることが大切です。


日本では強烈なトップダウンよりは自律分散型のリーダーシップが伝統的に機能してきました。例えば、明治維新という時代の節目に活躍したのは下級武士、すなわちミドルマネジャーでした。そう考えると、組織のトップはビジョンを語りながら、現場に権限を委譲する。ただしミドルが問題を解決できない場合には積極的に介入する。そうした柔軟で俊敏な決断力がトップには求められます。


衆知は勝手に集まってくるものではありません。「衆知を集めたい」という強い気持ちがあり、それがその人の態度や物腰に現れて、ようやく衆知が集まってきます。


松下幸之助さんは「社長は軍師ではない」と言いました。軍師は戦法を進言しますが、どの戦法を採用するかを決めるのは大将の仕事。状況が刻々と変わる中で、最善の判断を下すことが求められます。しかも、軍師のように椅子に座ってじっくり考えている時間はありませんから、動きながら考えて正解の近似値を即座に回答する能力が、社長や大将には求められるのです。


リーダーとなる人間は経験を積む中で、厳しい自己研鑽により、目の前の現実から「真実を直観的に見抜く勘」を養う必要があります。


実際に雨が降ったときに傘をさすという行為自体は、誰にでもできる自然な行為です。ところがそれが経営に関することとなると、その当たり前のことができなくなることがある。たとえば、適正利益を加味した値付けをしないとか、売ったものの代金をきちんと回収しないとかいったことです。


新たな知は、経験に基づいて暗黙のうちに持つ主観的な「暗黙知」と、言葉で表現できる客観的な「形式知」が、対話を通して相互に変換し、スパイラルに循環していくなかで生まれる。


戦争とは、敵対する軍同士の知識創造力の戦いでもある。


日本軍では集団主義的な価値観が優先したため、凝縮性が高く、平時であれば安定的な力を発揮した。しかし、凝縮性の高い組織は負の側面が現れると同質化が進み、内向きになる。戦争開始時、日本軍は「閉じられた共同体」と化していた。陸軍も、海軍も内向きに閉じ、派閥化する。戦争という不確実性の高い状況に適応するには、開かれた対話による多様な「知の総合力」が不可欠だが、閉じられた共同体にそれを生み出すことはできなかった。


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