辻慎吾の名言 一覧

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辻慎吾のプロフィール

辻慎吾、つじ・しんご。日本の経営者。森ビル社長。広島県出身。横浜国立大学大学院工学研究科修了後、森ビルに入社。六本木六丁目再開発事業推進本部計画担当課長、六本木ヒルズ運営室長、タウンマネジメント室長、取締役、常務取締役、副社長、中国タウンマネジメント営業本部長代行、同経営企画室長などを経て、森ビル社長に就任。

できるはずがないと言われていることに挑戦するから森ビルなのだというDNAを受け継いでいく。


森ビルの歴史は既成概念への挑戦の歴史です。我々はこれからも「街づくりを通じて人を育み、人づくりを通じて街を育む」という考えのもと、既成概念にとらわれることなく新たな挑戦を続けていきます。


チャレンジしなければ何も生まれません。そして、チャレンジすることが人を育てると強く思います。


複数の企画書からベターなものを選ぶことは誰にでもできます。しかし求められることは「こういうものをつくりたい」という強い思いと明確なイメージをもとに、あらゆる分野のプロを活かし、束ね、新たな道を切り開いていくことです。


他者の能力を借りなければ大きな仕事はできません。それは都市づくりだけでなく、あらゆる仕事にも共通します。ここで重要なことは、自分の中に明確な完成イメージを持っておくことです。


都市とは本当にいろいろな機能が複雑に絡み合っています。必要な知識は多岐にわたりますが、すべてに精通する人間などいません。そのときに必要なのは、専門家を集め、彼らの能力を引き出しつつ新たなコラボレーションをリードしていくことです。


人の信頼は、自分が本気でないと絶対に得られません。自ら思い描いたイメージだからこそ、人に向かって熱く語ることができます。だからこそ、人が納得してついてきてくれるのです。


語る言葉に説得力のないリーダーに人はついていきません。言葉に説得力を持たせるためには、自分自身がそのプロジェクトに一番熱くなっている必要があります。


都市づくりの根本は「こうすればもっと人が喜ぶんじゃないか」という気持ちです。そこが欠けていれば、人が集まる都市など絶対につくることはできません。


都市づくりでもでは、様々な都市を実際に歩き、顧客の顔つきや店舗の雰囲気がわかっていなければ、イメージを現実化できません。興味を持ち、自ら積極的に体験し、自分なりの視点を持つ。そうしてつくりあげたしっかりとしたベースがあるから、新しいものが生まれてきます。どの世界でも同じことが言えるはずです。


都市づくりには、「こういう都市をつくりたい」という完成イメージを明確に描く力が必要になります。この能力は料理の才能に近いものがあると思います。優れた料理人は、味見をしなくても、素材と調味料をどう組み合わせれば、どんな味になるかを明確にイメージできます。都市づくりも同じで、様々な要素を組み合わせた結果、どんな街になるのかを明確にイメージできなければ、優れた都市づくり人にはなれません。


都市は完成から時間が経過するにつれて鮮度が落ちていきます。むろん成熟するということはあります。都市に集まる顧客の絆はときとともに強まっていきます。しかし、鮮度が落ちてしまった都市に人は集まりません。以下に長い歴史を持った都市でも、人が集まる都市では必ず新しいことが行われているものです。


森ビルは都市づくりを手掛ける企業です。オフィスビル単独の「点的開発」から始まり、複数の敷地を合わせた「面的開発」、そしてアークヒルズ竣工を契機に「都市づくり」へと事業を進めてきました。


私は社員に「現場を見ろ」と言います。自分の目で肌で体感すること、最初は普通に見て、次に自分の仕事の視点で見るだけで全然違う見え方をする。これは街づくりには絶対に必要な感覚です。


森(稔)が作り上げてきた森ビルの思想を組織として受け継ぎ、残していく必要があると思っています。もしそれがなくなってしまえば、同じような会社はいくらでもある。決してそうではないことを、内にも外にも示していかなければなりません。未来の都市をイメージできる人材を育て、そのための組織をいかに作り上げていくかが、私に課せられた大事な什事。何しろ森ビルという会社は一代や二代で終わるにはあまりにもったいない、独特の個性を持った会社なのですから。


森ビルは「都市を作り、都市を育む仕事」を通じて、これからも東京の磁力を作り出していきたい。


いま東京は世界の都市間競争にさらされ、都市のあり方そのものが問われています。その競争に勝つために、東京がどのようにあるべきかを森(稔)は20年前から考え続けてきた。この街には何が必要なのか。ヒト、モノ、カネを引き付ける磁力を持つ都市をどのように作り上げるか。六本木ヒルズの運営を通して我々が考えてきたのは、このよう強都市が必要なのだという街づくりの思想を提案することでもあった。後に続いた他社の再開発を見てもわかる通り、この街(六本木ヒルズ)は日本のデベロッパーが貸しビル業から街づくり業へと脱皮するきっかけとなったんです。


自分と森(稔)ほどこの街(六本木ヒルズ周辺)を歩いた人間はいない。


ブランドブックがそうであるように、様々な人たちが街に参加することで横のつながりが生まれ、新しい何かが生み出される。我々と一緒になって街づくりに加わることのメリットを示すうちに、自ずと多くの店舗が街づくりに協力してくれるようになっていきました。


これまでの日本の貸しビル業はあくまでも「場所費し」であり、店舗はどの施設でも同じように事業を展開していました。私たちが目指したのは、その前提を根本から変えること。例えば六本木ヒルズには世界的ホテルチェーンのハイアットが入居しています。彼らからすれば「ハイアットがあっての六本木ヒルズ」という思いがあったでしょう。しかし、私たちはそれを逆に考えてほしいと当初から伝えてきたんです。街とは本来、様々な施設や人が複雑に絡み合うもの。そのとき、それぞれの施設や店舗という「タテ」だけではなく、街という「ヨコ」の軸でとらえる。そのうえでイベントやコミュニティの場を作り上げ、都市を生き生きと活性化させる。それがタウンマネジメントの重要な考え方なんです。


住む、働く、憩う、遊ぶ、といった様々な機能がコンパクトに複合した街は、当時の日本にはまだ存在しませんでした。最上階に美術館があり、映画館や飲食店、オフィス、住宅が混然一体となった場所で、絶え間なくイベントを企画し、コミュニティの場を作っていく。ビルを作ったら終わりではなく、街を活性化させる仕掛けづくりを続けてきたことが、六本木ヒルズの画期性だったんです


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