越智直正の名言 一覧

このエントリーをはてなブックマークに追加

越智直正のプロフィール

越智直正、おち・なおまさ。日本の経営者。靴下メーカーのタビオ創業者。愛媛県出身。中学卒業後、15歳で大阪のキング靴下鈴鹿商店に丁稚奉公に入る。13年間同社で働いたのち、28歳で靴下卸売のダン(のちのタビオ)を創業。靴下販売の「靴下屋」をフランチャイズで展開。同社を大きく成長させた。著書に『男児志を立つ』『商売のアイデアはいつも足元に落ちている』など。

結局、正しいことをやっていくのが商売の本質。競争相手と比べて、どちらが正しいことをしているか、それを考え続けることです。


世の中に「枝葉」のことを書いてある本はたくさんあるけれど、「根本」を教えているのは古典だけだ。だから皆さん、古典を読みなはれ。


それぞれが自分の仕事に。プライドを持ってやっていかないと。「儲けたらええ」という考えだけでは、やっぱりあかんでしょ。


大将に求められるのは、謀(はかりごと)ができること、嘘をつかないこと、仁愛に富むこと、そして厳格さ。


いまが戦うときかどうかという判断は、とても大事。


競争相手と自社を比べてみて、どちらが勝っているか。もし負けているところがあるなら、まずそこを補填してからでなければ、戦ってはいけません。


大将は厳しさを超えた優しさを持たなければなりません。そして、優しさを超えた厳しさも同時に持たなければならない。


ぼくは、「われわれの会社もいつ潰れるかわからない」ということを常に頭に置いています。


経営者は困らないといけません。困らない経営者に進歩はない。困ったことを解決する、それが経営だとぼくは思っています。


経営というのは本来そんなに難しいことではないのです。難しく考えたらとことん難しくなる。簡単にやったらよろしいねん。


経営者は自分一人が技を磨いていてもダメ。人を動かす方法を勉強しなはれ。


プロとしてお客様のために最善を尽くす。それが商人の仕事。


経営者は社員にどんなにやかましく言っても、根底に思いやりを持って心を使うことが大事。


大将は夢を見る。理想を語るそれを社員にやってくれと頼んだらいい。理想が語れない大将のもとに、誰が集まってきますか。


流行を追うと、流行に捨てられる。


振り返れば、丁稚時代に「人間の予測は絶対に当たらない」と確信したことが、今の商売の基盤になっています。


丁稚時代、大将からは「売れすぎても失敗」「売れなくても失敗」と怒られ続けました。在庫が足りなくなっても、余っても、それは商売として間違っていると、叩き込まれたわけです。


儲けられれば何でもいいというものではありません。作り手にもプライドがあります。一生懸命、真面目にやっているのに、いいかげんな商品が世間に溢れているのを見ると、腹が立ちます。


店頭で商品が売れてから、工場で生産して店頭の棚に補充するまでの時間は、最短でわずか1日半。最近ではICタグを使って在庫をより効率的に管理し、さらに時間を短縮しようと考えています。


システムを使えるようにするには、動く組織をつくらなければいけない。システムを組むだけで、仕事した気になっているようではいけない。


本当の一番になるには、企業の経営者や従業員一人一人の人格に行き着くと思います。そして、その人格の集まりが企業の品格をつくりあげていきます。


商売人は自分が持っている力を振り絞って良いものをつくり、あるいは探してきてお客に提供してこそ商売人たり得るんです。


奉公先の靴下問屋を突然クビになったのが28歳のときです。ほかに選択肢もないまま、独立・創業せざるを得ませんでした。そのとき、理想に掲げた言葉があります。「業界の良心たれ」「良品を適正価格で」「正義とともに発展する」です。弱小企業の創業者としては、あまりにも高すぎる理想だとわかってましたが、それでもこの心意気でこれまでやってきたんです。


コンピュータの原理などはよくわかりません。でも、そのときそのときの最先端機器を活用し、ハードとソフトが融合した経営ができない企業は滅ぶと考えています。


男性は、クレームを言ってくれる人は良いのですが、自分に合わなければ黙ったまま、二度とはくことはありません。タンスの肥やしになるだけです。靴下は消耗品で、リピーターになってもらってこその商売です。だからこそ男性のお客様を確保するのは非常に難しい。それには、やはり原料から編みに至るまで細心の注意が必要です。


儲けだけを追求した二流、三流の商品で一番になっても意味がありません。お客様が本当にはきよい靴下を届けるために誠意を尽くし、自分が恥ずかしくない靴下で世界一になることこそ、タビオの目指すところです。


日本の靴下は繊細優美ではきやすく、丈夫で、長く世界の最高峰と評価されてきました。これは我々の先輩方の努力のたまものです。そこに、安いだけの靴下が海外からどんどん入り、先人たちが築いてきたものづくりの常識が覆されてしまいました。業者が意欲を喪失している中、タビオは日本の靴下が持つ本来の価値を引き継ぎ、どうお客様にお届けするか。その解を求めて試行錯誤してきました。


我がタビオは、世界一の靴下総合企業を目指しています。売上基準ではありません。一流の商品で一番になるための創意工夫を重ねての世界一を目指しているのです。


独立する前の若いころ、「知識集約型産業の3大ビジネスは、ファッション、コンピュータ、航空機」と書かれた本に出合いました。そして、その特徴は「ハードウェアとソフトウェアの両輪によって成り立つ産業」ということでした。タビオの商売に当てはめれば、ハードは商品、ソフトは販売方法です。この文章に出会った当時、我が業界は労働集約型産業だとばかり思っていました。この言葉が私の人生を左右しました。靴下の技術者が販売方法を考えることは一切なかった時代。ファッション産業が知識集約産業と知った私は、製造と販売の一体化こそが自分の使命やと思うようになりました。


私には、何事も体で覚えないとつくれない、という思いがあります。「手を使って、よく学べ」と小学生のときに言われたことはありませんか?それこそ、職人の技につながるものと思っています。


良い商品を求めて、百貨店や専門店に足しげく通った時期がありました。どこそこに良い商品があると聞けば、飛んでいくのです。そして当時はガラスケースに収められていた商品を、店員さんにひとつひとつ出してもらい、実際に手にとり五感を総動員してその感触を確かめました。その商品の持つ風合いや繊維の復元力を確かめるには、体で覚えるのが一番です。


目下の最大の悩みは技術力の維持です。先日、協力工場の技術者が、「辞めたい」と言ってきました。思わず頭に血が上り、「なんで辞めるんや、まだ68やろ!」と自宅まで押しかけて慰留したほどです。68歳というのは、職人としてはこれから活躍する年齢です。しかも彼は機械を使って本物の靴下をつくることができる職人の中でも若い方なのです。


我が社が世間から注目を集めた理由のひとつに、独自の生産供給体制を構築したことがあります。在庫を増やすことなく、お客様が求める商品を確実に提供する方法はないか。注文を受けてからつくるラーメン屋のように、1足単位で生産し店頭に補充していくシステムを試行錯誤の末に構築しました。これは「売れ残った靴下はクズ下や」と、丁稚奉公時代に散々怒鳴られ、ときにどつかれた経験が下地にあります。1足単位でつくる現在の体制は、ほぼ理想に近いものができたと考えています。


創業時、「業界の良心たれ」「良品を適正価格で」「正義とともに発展する」という理想を掲げましたが、そんな理想はアホちゃうんかと自問自答してしまうほど、最近の業界は狂っています。商売人がお客をバカにして、品質が悪いものを低価格で売ることが横行している。800円で売るべき品質のものを、700円で売っていこうというのが本当の競争です。いまは違います。見かけは800円のものを300円以下の品質で堂々と出してきて、「どや、安いやろ」と300円で販売している。これでは、競争になんかちっともならんのです。


中学を出て、靴下問屋に丁稚奉公をして以来、私は靴下のことしか知りません。酒は飲めませんが、「人生、靴下に酔っぱらいっぱなしやな」と妻から冗談を言われるぐらい、靴下にのめり込んできました。


製品を買っていただけるのは大事なお客様あってのこと。今は金儲けのために、品質を落として廉価で大量販売すればいいという考えを持った人々が多過ぎる。日本の商売の根底でもある高品質商品を適正価格で販売するという「大和魂」を忘れてしまっている気がする。


当時の上司は軍隊出身ばかりで、鉄拳制裁は当たり前、少しでも商品に齟齬をきたせば大変な目に合うのです(笑)。そういう状況の中では必然的に商品に対する厳しい目が養えたと思いますね。
【覚え書き|丁稚奉公時代を振り返っての発言】


弊社の製品を高いと考える人もいるでしょうが、我々は、高品質の商品を適正な価格で販売しているという自負があります。一度、履いてみればその差は分かっていただけると確信しています。


これからも、いいものだけを供給していきます。最高の靴下をつくって日本の国を守る。たかが靴下屋やけど、それくらいの心意気を持ちたいと思っています。


経営というのは、もともと仏教用語だと聞いたことがあります。「経(仏の教え)を営む」。お釈迦さんは、人間が幸せに生きる方法を教えてくれています。それを「営む」わけですから、経営者は人を大事にする気持ちを持っていないといけないでしょう。まずはいちばん身近な家族、社員からです。


大学の経営学の先生に「先生、友人が不渡りを出しました。こんなときどうしたらいいんですか」と聞きました。そうしたら、先生は「それは私の専門じゃありません」と答えた。ぼく、たまげましたわ。絶句した。会社というものは、設立して30年たったら99パーセントが倒産するといわれています。つまり、経営学というのは倒産学なのです。99パーセントが倒産するということは、戦争にたとえるなら玉砕。そのときの策を知らない経営学なんてありますか。剣術でも柔術でも、守りや受け身というものがある。自分だけは打たれない、投げられない、そんな状況を前提とした戦いなんて存在しません。いくら防いでも、やられるときはやられます。倒産したときに、どう手を打つか分からない経営学なんか意味がありません。


困難に直面しても逃げずに明るくふるまうために大切なのは、素直な心です。素直な心を持っていれば、物事を理屈だけでとらえない。何事もあるがままの姿を見ようとします。素直は「素(もと)」に「直結」と書きますね。素というのは「天地の素」で、宇宙のことです。そこに直接つながっている。経営者はそういう考え方を会得できたらいいんじゃないでしょうか。


リーダーは暗くなってはいけない。社長が暗い顔をして、社員に「期待している」なんて言ってもあかんでしょ。経営者は「アホ、ボケ」と言いながらでも、いつもニコニコ明るい笑顔が大事です。


ぼくは中卒で勉強はできません。でも、いまや世界を飛び回って仕事をしています。何の不自由もない。知らないことを恥じることはない。ぼくは社員に何でも聞きますよ。「教えてくれ」と。


システムをつくるのは簡単だけど、動かすのはまた別の話ですよ。システムは道具にすぎません。コンピュータ・ネットワークなんて、使う人たちの心が一体でなければ役に立ちません。どんな立派なシステムがあっても、問題になるのは人。協力者の心をつかまなければ意味がありません。


自分たちに解決できない問題はそもそも起こりません。生死の問題以外は、身の丈に合った問題しか起こらないようにできているんです。だから、起こった問題には自信を持って積極的に対処して、逃げない。逃げたらそれが悩みになります。心にいつまでも残ってしまうからね。


時代は常に変化します。そんな状況で「枝葉」の知識をつけても意味はありません。変化する時代に対応するためには、「根本」を知っていなければいけない。


ぼくは76歳になってしみじみ思うんです。もしぼくの志が、お金を儲けて、いい車に乗って、いい服を着る、そんなものだったら、会社はとうに倒産していただろうと。


志がなければ、どちらに向いて進めばいいかが分からなくなる。志のない人間が一所懸命努力すると、かえって危ない方向に進んでしまうかもしれません。志があれば、みずからの考え方や行動に統制がとれる。


経営学では、過去の経営手法や経営者について学びます。そういう意味では、経営学は歴史学だともいえるでしょう。歴史学を勉強したら、人間には一定の法則があるということが分かる。われわれは東洋人だから、東洋の古典を勉強したほうが覚えはいい。古典を勉強したら、経営上、とても助かると思いますよ。


「どんなものでも安いほうがいい」。ほんとうにそうですか? 日本人はそんな人ばかりじゃないとぼくは思います。高くてもいいものがほしいと思う人もいっぱいいますよ。あんまり消費な者を舐めたらいかん。


今、私は75歳。あと20~30年しか働けません。まだ、やりたいことはたくさんあります。雀100まで踊り忘れず。「品質はプライド、価格は良心」という思いを胸に、お客様が靴下をはいた時に「ニチャ」っと思わず笑顔がこぼれるように、努力を続けていきます。


私は今でも、ほぼすべての商品を開発段階で試しばきしています。多い時には、1日に300足くらいはくでしょうか。子供用の靴下でも、できるだけ伸ばしてつま先だけでも通します。女性用タイツも、最近まではいていました。ただ、タイツをはいて社内を歩いていると社員から「セクハラだ」と言われるようになり、はけなくなってしまいました。全くおかしな時代になったものです。


私の目が通っていない商品は、絶対に売りません。それは、商人としての最低の条件だと思っています。厳しく言いますから、社員からは恐れられているでしょうね。皆、ビクビクしていますよ。でも、品質を守るためにはそんなことを気にしていられません。


私は、メード・イン・ジャパンにこだわり続けることで、職人たちのプライドを取り戻したいのです。幸いにも、タビオの協力工場は売り上げが伸びているので、最近では倒産した工場にいた若い職人たちの再雇用の場にもなっています。「若手」といっても、45歳とか、そういう年齢なのですが。


日本の工場が今、一番失っているのは「プライド」です。職人たちが冗談交じりに言うんですよ。「せめて70歳くらいの若手が入社してほしい」と。


私は、靴下をはくのが楽しい、そういう文化を作りたいと思って、これまでやってきました。靴下は、それまで誰も振り返ってくれない商品でした。それを、少しでも振り返ってもらえるようにしたい。ロンドンやパリに出店しているのも、タビオの靴下を「靴下のレクサス」にしようと思ったからです。将来的には、ベルリンやミラノなどにも出店していきたいと思っています。


品質やはきやすさを見極める感覚を常に研ぎ澄ましておくように、普段は靴下も靴も履きません。冬でも素足にサンダル履きです。一時、妻から「素足は体に良くない」と言われて靴下をはいたこともありますが、すぐにやめてしまいました。


春と秋に新商品を出しますが、流行にこだわるより、まずは幅広い選択肢をお客様に用意して、実際に商品が動き始めてから調整した方がいい。売れ行きに応じて、売れたデザインや売れた色だけを追加していく。しかも、欠品を出さない。そうすることで需要を最大限に取り込み、ヒット商品を生み出すわけです。


現在、靴下の取り扱い点数は、カラーやサイズの違いも含めて約2万5000点はあるでしょうか。お店に行ってもらえれば分かると思いますが、とにかくたくさんの種類があります。それは、販売してみないと何がヒットするのかが分からないからです。


昔からの付き合いで、幼なじみのような関係にある協力工場は、売れ行き状況や在庫情報を確認し、足りなくなりそうだったら自主的にその分を生産して物流センターに納品しています。気心も知れた信頼関係があるから、いちいち生産の指図などしなくてもよいのです。この絆が、在庫を補充するスピードを上げる独自の生産体制の基盤になっています。


POSを導入した当時、靴下業界では発注の最低単位は通常10足でしたが、私たちは物流センターで1足単位で仕分けして出荷するようにしました。注文された分だけを作る「ラーメン屋」の理想に近づいたわけです。


私は、靴下作りは労働集約型の産業だとずっと思っていました。しかし、ある本を読むと、コンピューターなどと並んでファッションも知識集約型産業だと書いてある。「そうか」と思いました。靴下もファッションの一つ。店舗で集めた情報を活用して、お客さんが欲しいものを即座に作ってお届けすることを徹底すれば、お客さんも、売り手も、作り手も、皆が喜ぶ。今ではSCM(サプライチェーン・マネジメントという言葉で表現されることを、実は丁稚で身をもって学んでいたわけです。


靴下に関わるようになったのは、中学を卒業した15歳の時。大阪の靴下問屋で丁稚奉公を始めました。独立するまでの13年間、大将からどやされまくりました。それでも、中卒のバカはバカなりに、靴下作りを極めてきたというプライドがあります。ほかに何も知らないから、逃げずに続けられたのでしょう。


靴下の世界に入ってから来年で60年になります。「メード・イン・ジャパン」にこだわり、「売れるものを売れるだけ作る」仕組みを追求してきました。その結果、米ハーバード経営大学院のケーススタディーにも取り上げられるほど、世界的にも先進的な商売の仕組みを作り上げたようです。


人名ランダムピックアップ


経営・ビジネス・投資・仕事・お金・経済的な分野で成功を収めた人たちの名言を収録しています。

ページの先頭へ