越智仁の名言 一覧

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越智仁のプロフィール

越智仁、おち・ひとし。日本の経営者。「三菱レイヨン」「三菱ケミカルホールディングス」社長。愛媛県出身。京都大学大学院修了後、三菱化成工業(のちの三菱化学)に入社。三菱化学執行役員経営企画室長、三菱ケミカルホールディングス取締役執行役員、三菱化学取締役常務執行役員などを経て三菱レイヨン社長に就任。

スピードがなければ世界では勝てない。


理論的な仕組みを理解したつもりでも、事実は違うことがある。


「知っているつもり」は仕事の邪魔をします。現場だけでなく、事業部でも同じ。


新たな価値を生み出すには、「自分たちだけでできる」というような思い込みを捨て、別の知見を融合させる必要がある。


三菱レイヨンのこれまでを振り返ると、苦しい時期が長かった。しかしながら、苦しみ、力を蓄え、数々の困難を乗り越えてきたからこそ、本当に人が強い。実直で粘り強い人間ばかりです。再び厳しい局面が訪れるかもしれませんが、こうした社員の力があればきっと乗り越えられる。苦難の時代も当社にとって決して無駄ではなかったのだと思います。


航空機や自動車の部品、ゴルフクラブのシャフトなどに使われる炭素繊維は、単純化して言えばアクリル繊維を焼いて製造したものです。指1本分ほどの径に約2万4000本の繊維が入っています。繊維1本1本の精度が重要で、そのうちの1本でも切れたら性能が低下します。原料となる糸をどう作るか、いかに焼くかに技術とノウハウが詰まっています。これを製品として世に送り出せたのも、長年にわたり糸を扱い、糸を知り尽くしていたから。繊維事業で培った技術やノウハウなしでは新しい製品など生み出せず、今の三菱レイヨンは存在しなかったかもしれません。


1970年代は、企業の存続をかけ、繊維事業の合理化を進めるとともに、事業構造改革を断行しました。そのひとつが、新事業の立ち上げです。それが今では会社を支える事業のひとつとなるまでに成長した炭素繊維・複合材料であり、1984年に発売した、世界初の中空糸膜(ちゅうくうしまく)を使用した家庭用浄水器「クリンスイ」をはじめとするアクア事業です。もちろんここに至るまでの道のりは決して平坦でありませんでした。しかし、全社一丸となり地道な努力を続けた結果、うまく転換が図れたものと思います。


三菱化学と三菱樹脂、三菱レイヨン3社の壁を取り払い、それぞれの事業ユニット、技術プラットフォーム、販売チャネルなどを戦略的に統合すれば、変化の激しいグローバル市場も攻略しやすくなる。


すべてを日本からコントロールするのは無理がある。案件ごとに本社の指示を仰ぐようなビジネスのやり方では、世界のスピードについていけない。日本では事業戦略のマネジメントを行い、日々のオペレーションや人材育成などは現地に任せるようにしていく。


今後は、マーケットのニーズを考え、技術を組み合わせて対応する製品を開発し、一体として提供できるように変える。そのためには、事業部門間のコミュニケーションを高めるだけでなく、これまでバラバラだった事業部門を、ターゲットに合わせて統合するといったことも積極的にやっていく。


三菱レイヨン社長就任直後、ホールディングス傘下の事業会社の各技術を「協奏」させる取り組みを始めました。炭素繊維は三菱レイヨンの主力技術。ただ独力では今後本格採用が進む自動車向け製品の開発に限界があります。複雑な形状を均一に加工できるような樹脂は三菱樹脂が、どのような素材とも接合できる接着剤やなじませ剤は三菱化学が持っていました。


商品が売れない場合、一方的に部下を叱責してはいけません。一緒に議論しながら思い込みを取り払い、売れない原因を突き詰めていく。時間がかかりますが、実は問題解決へ向けた一番の近道であることが多い。


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