赤塚保の名言 一覧

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赤塚保のプロフィール

赤塚保、あかつか・たもつ。日本の経営者。老舗食品会社「柿安本店」会長。三重県出身。柿安3代目社長赤坂二三雄氏の二男として生まれる。19歳で柿安本店に入社。専務、副社長を経て5代目社長に就任。伝統を守りつつ、同社を大きく発展させた。日本フードサービス協会副会長、日本能率協会委員なども務めた経営者。

次の柱を探すなら、前の事業が旬の時期に探せ。


いろいろなことができるんですねと言われるが、商売の基本は一緒。お客様に認めてもらえるかどうか。それを見極める眼力が必要。


余剰人員が出たら何か仕事をさせておいた方がいい。仕事をして売り上げを上げさせていくと元気が出る。


BSE(狂牛病)問題のとき従業員が一生懸命になって働いてくれたのが大きかった。人が大事というのはその通りだなとそのとき再確認しました。


一期一期の業績で一喜一憂はしません。安定していることが大事。


商売人はおごらず謙虚であることが必要です。私が若いころ、母はしょっちゅう「お客様を大切にすれば商売は繁盛する」と言っていました。私はいまもその言葉の暗示にかかっているような気がします。


世間には老舗と呼ばれるお店がまだ数多くありますが、歴史があるからと慢心して古いままの考えだけで経営を行っていると、時代の変化に対応できず沈んでしまいます。


消費者の食に対する嗜好の傾向を素早く感知することも大切です。百貨店の惣菜店「柿安ダイニング」を始めたのは、「健康な食生活のためには何十種類もの野菜をとるべき」という記事がきっかけでした。これだと思ったことは、とにかく早くやることです。このときも1週間で形にしました。


商売は出ていくべきタイミングで出ていかないと成長の機会を失います。BSE(狂牛病)問題のときに積極的に出店したことが功を奏し、その後売上が大きく伸びました。しかし急拡大によって、食材も人も質が追いつかなくなる恐れがあったので、態勢が整うまでの間、新規の出店を見合わせました。


美味しさの基本は「食材」そのものなのです。いかに質の高い素材を使っているかで、商品の良し悪しの大方は決まります。私はいまでも高品質の食材を求めて全国各地を回っていますが、結局最高のものを追求する姿勢が、のれん=信用につながるのだと思います。


商品開発で大事なのは、職人に任せっきりにしないことです。つくるプロであっても、外で売れている商品まで勉強していないことがあります。当社ではおはぎを始めるにあたって、百貨店の担当者にお願いして全国の美味いおはぎを相当数集めてもらい、製造日の同じものを賞味しました。


私どもの看板商品、牛肉のしぐれ煮はもともと早朝ひと働きした従業員や私たちの兄弟がお腹を空かせているだろうと、おにぎりをこしらえていたおふくろの味を再現したものです。昔から慣れ親しんだ食べ物や料理でも、工夫を加え、美味しければお客様は受け入れてくれます。私どもの商品開発では、そのような点を重視しています。


百貨店やスーパー、コンビニの売り場はよく覗きます。
【覚書き|72歳のときの発言】


マーケティングデータを見ないわけではありませんが、それだけに頼っていたら他社と同じことしかできません。行列ができたり混んだりしていても、業績がいいかどうかはわかりません。そういうことまで見抜けるかどうかが大切だし、部下にも見方を教えてきたつもりです。


美味しいものは飽きが来ません。130円のおはぎにも最高の小豆を使います。原価率は高くなりますが、数を売れば採算は合うようになります。おはぎが大人気なので、あるショッピングセンターさんから、大福もできるはずだからやってくれ、と頼まれています。柿安がつくったら美味しいはずと思ってくださっているようです。
【覚書き|ショッピングセンターを中心に展開している柿安和菓子部門のブランド「口福堂」で、おはぎを1日2000個売る店舗が現れていることについて語った言葉】


ビュッフェスタイルは焼き肉や寿司などで過去に流行った業態でしたが、味の点と健康志向という時代の流れに乗り遅れていた。そのあたりを修正すればいけると判断しました。
【覚書き|野菜をメインに健康志向を前面に押し出したビュッフェスタイルの店「三尺三寸箸」が繁盛したことについて語った言葉】


良い食材を使った美味しいものをお値打ちの価格で提供していきたいというのが創業(明治4年)以来の社是です。社是の範疇でいろいろ創意工夫してもらいたい。


BSE(狂牛病)問題が起きたときの社員数は1300人。1人が3人の家族を支えていると計算すると3900人。それだけの人の命を預かっていて、もし駄目だったらどうすると考えると、玉砕するくらいのつもりでやらないと、それだけの人を助けることはできません。けれども、そこまでふんぎれたのも商売の経験があったからです。18歳からいくつもの危機を乗り越えてやってきた自信があったからなのです。そして、従業員が一生懸命になって働いてくれたのが大きかった。


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