西村元延(経営者)の名言 一覧

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西村元延(経営者)のプロフィール

西村元延、にしむら・もとのぶ。「マンダム」社長。大阪出身。明治学院大学経済学部中退後、高砂香料工業を経てマンダムに入社。取締役、副社長などを経て社長に就任。創業家出身4代目社長。海外展開を積極的に行い、同社を成長させた。

タブーライン(現在の常識・非常識の境界線)を越えての仮説と検証を繰り返し、需要を掘り起こしていくことがより重要です。


今、我々の市場で必要なのは、「タブーライン」を破っていくことなんです。社内での用語なんですが、要は、男性の身だしなみの常識は時代と共に変わっていて、かつてのタブーが当たり前になったりする。男性用化粧品もそうだし、フェーシャルやボディーペーパーなど男性のグルーミング習慣を広げる製品も、タブーラインを越えた先にある商品で、新市場と言えます。


私は、ターゲット層の年代からは、だんだん離れてきてしまったので、CM案が3つくらいまで絞られた段階から参加はしてますが、細かいことには全然口を挟みません。


海外市場は現地に自分で足を踏み入れて調査しないと、分からないことだらけなんですよ。


インドネシア法人は、世界のマンダムグループの拠点の中で、独自の進化を遂げました。整髪料を小分けにして割安に販売する方法も、日本から遠隔管理していては、思い付くわけがない。現地市場へどっぷり入り込んで商品開発をしたからです。


インドネシアには69年に現地法人を作り、71年に事業をスタートさせました。特に将来性を感じたので、技術提携ではなく、自前のヒト・モノ・カネを最初からつぎ込んだ本格進出でした。自ら市場を開拓するのは苦難が伴いましたが、振り返れば、それが市場開拓の成功要因になったと思っています。


社長に就任して間もなく15年になりますが、いつも心にとめているのは「企業の存続」という言葉です。といいますのは今から約30年前にわが社が倒産の危機に直面したからです。


社内では、新しい理念・思想を浸透・共有・定着させるため、全社員で共有し、行動に繋げられるようなマンダム流の共通言語、いわゆる「マンダム用語」なるものがあります。例えば、「プッシュからプル、さらにバキューム営業へ」「売り場ではなく買い場」「販促ではなく選択促進」「生活者発、生活者着」などがあります。これらは全て、思想と考働を我々メーカーの立場からお客様の立場に転換するために生まれたもので、後にこれらをまとめた「マンダム用語集」を作成し、現在も共有を図っています。


全社員のベクトルを合わせるため、会社が向かうべき方向を示し、かつ考働していく上で常に中心に置くべきものとして、企業理念を創らなければならない。


1971年に社名を「丹頂」から「マンダム」に変更、ハリウッドスターのチャ-ルズ・ブロンソンを起用した斬新なCMが話題を呼び、商品も爆発的にヒットして、男性化粧品の一時代を築くことができました。これにより、従来取引の無かった流通からも多くの引き合いをいただいたことが、結果として、経営に驕りのようなものを生んでしまったのかもしれません。その後、わが社は危機的状況に陥ってしまいました。やむなく、社員を半分まで合理化せざるを得ないと全社員に告げた時の、先代社長の悲痛な声や姿が、今も脳裏に焼き付いています。


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