西成活裕の名言 一覧

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西成活裕のプロフィール

西成活裕、にしなり かつひろ。日本の数理物理学者、渋滞学者。東京出身。東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻博士課程修了。山形大学工学部機械システム工学科、龍谷大学理工学部数理情報学科助教授、ケルン大学理論物理学研究所客員教授、東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻准教授・教授などを経て、東京大学先端科学技術研究センター教授。専門は非線形動力学、渋滞学。渋滞のメカニズムを数学的に解明した。主な著書に『渋滞学』『クルマの渋滞 アリの行列 渋滞学が教える混雑の真相』『無駄学』『シゴトの渋滞、解消します!結果がついてくる絶対法則』『東大人気教授が教える 思考体力を鍛える』『とんでもなく役に立つ数学』など。

運動だけではなく、思考にも「体力」があり、それを鍛えなければ物事を考え抜く力が生まれない。


私のやる気の源は「もっとみんなが幸せになれる世の中にしたい」という理想です。それからはまだほど遠いと思っているので、そのギャップを少しでも埋めようと頑張っています。


自分の頭で何も考えていない段階で他人の本を読んでしまうと、その人の考えに影響されてしまう。だから学生時代は、教科書を1度も買ったことがなかった。どんなテーマでも、本を読むのは、自分の頭で考えて、自分なりの仮説をもってからです。


短期的にみれば急いだほうがいいんですよ。でも長期的にみると、結局は損をする。渋滞学の見地に立つと、そんな事例はいくらでもあります。仕事でもそうですが、渋滞を防ぐために大事なのは、闇雲にスピードを上げることではなく、流れを安定させることなのです。


企業会計は、ある時点で丸めた数字を示すものです。丸めたデータを時間軸上で分解できれば、変化がより見えてきます。現実はスタティック(静的)ではなく、ダイナミック(動的)なはずです。数字の変遷を頭に入れると、現時点の数字も異なる意味を持つようになるはずです。


時間とともに起きる変化について、多くの人は斜め上に直線が伸びるリニア(線形)な図をイメージするのではないでしょうか。しかし、とくにものごとが悪くなるときは、一気に事態が進むものなのです。渋滞も、1台、2台、3台……と順に詰まっていくわけではなく、10分前まで何の滞りもなかったところに、突然渋滞が出現します。線形ではない、非線形的な事象というものを理解しておかないと、こうした急激な変化には対応できません。


一般的の方が陥りがちな思い込みが「変化は連続的に、徐々にやってくる」という感覚です。しかし、これも現実に即してはいません。バブルの崩壊、サブプライムの信用崩壊、日本の家電産業の衰退などを見れば、変化は倍々ゲームのような指数関数的な急変としてやってくることがわかると思います。


科学の世界では、「誰もまだ手をつけていない研究テーマ」を見つけることがとても重要です。世界で一人でもすでにやっていたら、そのテーマで論文を発表することはできませんから。


いいアイデアがひらめく瞬間というのは決まっていて、死ぬ気で考えても答えが出ず、「もう駄目だ」と弛緩したときなんです。だから、メモ帳とペンだけはいつでもどこでも持ち歩きます。私自身はこの習慣を20歳のころからずっと続けています。


一生をかけるに値するものに出会う秘訣は、まったくの精神論ですが、「死ぬ気で考える」しかないと思います。


ある指導教官から、「西成君は成功しなさそうだね。富士山の周りをグルグル回っていて、いつまでたっても頂上に到達しない」と言われたことがあったんです。好奇心が旺盛だから、ついついいろんなことに首を突っ込んでしまう。でも、それでは何かで突き抜けることはできません。


「もっと現実の社会に役立つ研究がしたい」という思いがずっとありました。そんなあるとき、最新の数学の研究成果を応用すると、渋滞現象のメカニズムを解明できることがわかったんです。「これは一生をかけるに値するテーマだ!」そう気づいたとき、まさしく身体にビビッと電気が走ったような感じでした。実はほかにも色々な研究をしていたのですが、それを機にすべてやめました。


大学院時代はどんな問題を与えられても解くことができたので、自分のことを天才だと思っていたんです(笑)。ところが、助手になって自分が、「テーマ=問題」探しをするようになると、全然上手くいきませんでした。数日間家にも帰らず、大学の図書館や研究室に籠ってひたすらテーマを探す生活を約3年も続けたのですが、それでもダメ。次第に、「俺はこのまま一生何もできないで終わるのではないか」という不安がどんどん大きくなってきて、しまいには顔面神経痛で顔が動かなくなってしまいました。


数字はとても客観的なもののように思われがちですが、実態を反映しない数というのもあります。一般に慣れ親しんでいる「平均」も実は曲者です。平均という指標は実は疑うべきもので、実態を把握するには分布そのものを見るべきなのです。


データを見て現象を理解するには、表面的な部分だけでなく、数字の裏を読まなければならないことがあります。こうした疑う力こそが科学者のノウハウであり、科学上の発見は、疑うところから始まってきたといえるのです。


日本人の平均貯蓄額は1657万円(2人以上の世帯当たり、2010年)とされていますが、これにはからくりがあります。数学的にいえば、貯蓄額では「平均値は存在しない」かもしれないのです。平均値は貯蓄総額を世帯数で割ったものですが、一部の莫大な貯蓄を持つ層に引っ張られると、一般的な感覚からかけ離れた数が平均となり、意味をなさなくなることがあります。


数字の使いどころのひとつは、未来の可能性を示して予測することにあると考えています。バブル崩壊などの急激な変化が起きてから裏付けの解説をするのではなく、変化が起きる前に予測することができれば、そのほうが遥かに役に立つはずです。複雑な現実を、より正確に反映したモデルを構築して、それを解くことができれば、予測実現の可能性も高まりますし、実際にそうした試みは一部で成功しつつあります。


渋滞学を生み出すまでには時間がかかったし、たいへんな苦労もしました。でも、その非効率な積み重ねがあったからこそ、レールに乗って先に進んでいた人たちを、追い抜くことができたのだと思っています。自分は「長期的にみて仕事が速い人」になりたいのか、「短期的にみて仕事が速い人」になりたいのか、一度じっくり考えてみることも必要ではないでしょうか。


何をもって「仕事が速い」とするかは、長期的な視野に立つか、短期的な視野に立つかで、まったく違ってくると思います。輩たちが敷いたレールの上を進めば、それなりに速く走れるし、短期的にみれば、仕事も出世も速いかもしれません。でも、自分にしかできないオリジナリティーのある仕事を成し遂げたいなら、一見すると非効率に思えるような試行錯誤の時間が絶対に必要になる。前例のないところから、まったく新しいものを生み出すわけですから、時間も手間もかかります。


一日の終わりに翌日の準備をするのも重要ですが、もっと重要なのは「前日の仕事のやめ方」です。仕事をキリのいいところで終わらせるのではなく、あえて「もう少しで仕上がる」というところで切り上げる。これなら、やるべきことがわかっているから、翌朝に仕事を再開する際もすんなり仕事を始められますし、流れに乗って、その後の仕事もスムーズに進みます。「小さな仕事を始めると、自然と加速がついて、大きな仕事も動かせるようになる」という物理における「慣性の効果」を、仕事でも期待できるわけです。


トヨタの生産方式に「外ダンドリ」という言葉があって、仕事に必要な段取りを業務時間外に済ませるという意味なのですが、これが上手な人が仕事も速い。


「なぜ?」を繰り返すと、根本的な原因がみえてきます。何段階にもわたって考えを深めていくことを「多段思考」といいますが、これが苦手な人は多いですね。たいていの人は「一段思考」で思考停止してしまう。


残業を減らすためにすぐにできることは、残業の5W1Hを洗い出すことです。「誰が、何を、いつ、どこで、なぜ」残業したのかを徹底して調べて、「どのように」改善できるかを考えます。たとえば、ある職員に残業の理由を聞いたら、「教授から問い合わせの電話が入って、対応に時間がかかってしまった」という。続けて、「なぜ問い合わせがきたのか」と聞くと、「書類の記入方法がわからないといわれた」と。では、なぜ記入方法がわからなかったのか。それは「書類のフォーマットがわかりにくいから」です。だったら、その書類を改善すればいい。


仕事というのは、どうしても優秀な人に集中します。「職員の残業をなくす」を目標に、東大の事務改革をやっているのですが、調べてみると、残業が多いのはいつも同じ人なんです。「自分しかできない」と思い込んで、何でも抱え込んでしまうんですね。そこで私はそうした職員に、「絶対に自分しかできない仕事」と「誰でもできる仕事」を分けるように頼みました。そして後者は、残業していない人に振り分けました。「その人にしかできない仕事」というのは案外少なくて、「ほかの人でもできる仕事」は、本人が思っている以上に多いということですね。


結局は、テーマに何を選ぶのかが研究の肝と言えるのではないでしょうか。ただ、私は学部生の時代から、先生にはテーマをもらわないようにしていました。先生なしではテーマも決められないようになるからです。


私が不遇時代に痛感したのは、科学者というのは発見によって社会にロマンを与えると同時に、社会にとって切実な難問を解決する存在にならなければいけないということです。長年の研究成果と言われるものも、たいてい特定の業界の中での閉じた発見ばかりなんです。それでは、外の世界からの評価はもらえない。そして、評価のない研究というのは継続さえできないものです。


車間距離がないと渋滞するということは、仕事にも言えるんですよ。間断なく詰めこんだ仕事は安定していないからこそ、ちょっとした理由で前の予定が滞ってしまえば、あとの仕事も、あとになるほどズレが重なって予定の渋滞が増幅していくんですね。だから、私は仕事の前後にはいつも30分は間隔を空けてボーッとすることにして、仕事の渋滞を防いでいるんです。


研究の成功にしても、大半は膨大な失敗の蓄積から作られるものです。飛躍のためには、いったん、グッと屈まなければ……屈んでいない研究者って、迫力もないものですからね。


いまは、博士号は取れたけれど就職がないという、いわゆるポスドクの問題があります。これは、国の政策で博士が急増したのに教員として雇う人数は前と変わらないというところから来る、典型的な渋滞現象ですよね。私にも不遇時代がありましたから、その独特のつらさについては想像ができますが、予算も立場もなく苦しんでいる人に私が言えるのは正論だけで、もう頑張るしかない。一発逆転のために論文でヒットを打つしかないなら、腐っている場合ではないですよ。


山形大学にいた時には、国立大学ですから先生ひとりにつく学生は3人が限度でした。でも、私立の龍谷大学の場合には、ひとりで学生を10人も担当するんですよね。大変だな、と面倒に感じる先生もいるけど、やりたい研究だらけだった私にはそれがとてもありがたかった。毎年10人の学生にいろいろな角度から研究をやってもらい、6年いたから60人分の研究成果が手に入りました。学生も、まだ学部の4年生なのに、あちこちの大学から大先生が来て発表する学会で、並んで自分の発表をするとなれば能力を発揮してくれるんです。


私は、ほとんど知識がなかった生物学の分野で、たった2年間の勉強で、有名な科学雑誌に論文を載せることができたのですが、それも生物学を専門にしている友達と酒を飲んで、あれこれ話を聞かせてもらったおかげなんです。だいたい、本を読んでいて詰まるところって、執筆者も書くのに詰まっていたりするものなんです。だから、わからないときって、結局はいい本やいい人に教わっていないだけなのかもしれないですよね。


知らない分野の専門書を読むときには、友達と話をするのが大事ですね。専門書をただ読んでいてもわからないときには、その分野を専攻している人に直に話を聞けばすぐに解決することも多いですから。幸い私は東京大学にいたので、まわりには本当にすごいなと思える友達がゴロゴロいました。その問題なら自分は2年か3年は悩んでいたから、それについて困っている人がいたら、コツを伝えてあげたいと思っていたんだ、なんて教えてくれる。ありがたいですよ。


世界中に、あるひとつの分野の専門家というのは、過去から累積させたらもう何億人もいるわけです。それなら、他の分野に出てみなければオリジナリティなんてつかめない。それが私の発想でしたけれど、具体的に何をしたのかと言うと……まずは有名な先生の交友関係を洗うことでした。すると、結構近い分野なのに、交友がないという先生どうしを見つけたりもできる。それなら、その分野の方法論を組みあわせることはまだやられていない可能性が残されているのです。


有名な雑誌に掲載されるには、インパクトのある研究でなければいけないようでした。それでは、インパクトがあるとされるものの正体は何だろうか?そこで私は、「社会の難問を解決することである」と考えて、私はかつて大学の学部生だった頃の授業で、これはまだトヨタもホンダも解明できていないと聞いていたベルト問題に目をつけました。車をはじめ、ベルトが使われていない機械部品はほとんどないのに、動きの解明はまだできていなかったんです。この論文のおかげで、私は山形大学の次には関西の龍谷大学の助教授になることができました。


アイデアの出し方は、ベッドの枕元に常に紙と鉛筆を置いておくんです。パッと起きがけに何か思いついたら、まわりが真っ暗でも必死になってそれをメモする。また、本当にどんなことでもいいから、それこそ「渋滞」という課題でも興味のある数式でも何でも、紙に書いて箱の中に入れておくんです。その中から2枚をパッと取って、結びつけてアイデアにできないかという練習をするわけですね。そういう発想法からも、ある分野に別の分野の方法を持ちこめば、ほかの人がまだやっていない研究になるということはわかっていました。


一回、ひとつの分野で究めて他の分野に取り組んでみると、行き詰ることや難しいことって似た傾向があるんですね。「あのときに苦しんでいたあれか」と体験を置き換えられる。それで割と効率よく研究を進められるようになるんです。


ひとつの分野で30年ぐらいもがいて何かを掴みとるのも立派ですが、私の場合にはその「新しい組みあわせ」が研究のミソでしたね。すると、流体力学の話題の中で、プラズマのある状態を、非線形数学を使って記述するというのは、世界中の物理学者たちの中でも私だけがやっていることになってくれたわけです。すでに大勢の人がいろいろなことをやってきた分野で、若い人が結果を出そうとするなら、どうしても「まるで違う分野にいって、そこで輸入してきたものをくっつける」というやり方が必要なんです。


私はいろいろな分野で勉強をやってきました。流体力学の中でも、いわゆる流体力学とプラズマ物理学の世界はまたちがっていたりする。そうした違う分野を渡り歩くと、違う分野どうしをつないで、それぞれの分野の技術を使えるようになります。それぞれの分野に入りこんでみないと、その分野の方法論は体にしみこむようにはわからないのですが、そういうものを3つか4つの分野でもがいて掴みとって新しく組みあわせる。それが私の研究のやり方になりました。


あるひとつの分野で研究を重ねて究める。そういう人は割とどの分野にもたくさんいるわけです。ただ、あるひとつの分野をやったあとに別の分野に飛びこんでみる。すると、ひとつの分野だけをやっていても見えてこなかったものに気づいたりもするんです。


選んだ研究は難しいだけに、たまに問題が解けるとうれしいんです。でも、ほとんど解けなかったから、当時の私は暗かったですね……。一年間で365日あるうち、だいたい360日ぐらいは暗いんです。でも、一年のうちでたった数日ほどは、太陽の日が射すように思える日があった。その感激と言ったら潜水艦が深海から急に浮上していくみたいなところがあった。そういう感覚がなければ研究者って長くはやっていけないのではないでしょうか。


はじめに研究したのはプラズマという流れでした。水や空気という流体を研究するのってたいへんなのですが、そこに、電磁気や電気や磁場などが混ざったグジャグジャなものをやるとなると、まだやられていない研究になってくれるんです。数学や物理の世界には分野ごとの特徴があります。複雑に絡み合った非線形の分野はむずかしい、だとか。流体力学で電磁気が入っていて非線形で、というのは「これだけ組みあわせたら、たぶんやられていない」という予想通りだったけど、むずかしすぎました。研究はいきなり三重苦みたいな状態になっちゃった。でもやりがいはあったわけです。その分野を、4年か5年ぐらいはやっていました。


もともと数学と物理など理論が好きだったので、航空の分野において一番理論っぽいものをと思って「流体力学」というジャンルを選んだんです。ただ、これは空気や水の流れを研究する物理学で、数学的に難しい。200年以上前に基礎ができあがり、頭のいい人たちがいろいろやり尽くしているわけです。研究をはじめても、二番煎じと思うことばかりで、競馬で言うなら「穴狙い」にもなりました。流れの勉強をしたので、どうせなら誰もやっていない流れってないものだろうかと探したんです。渋滞という流れを研究するようになったのも、あるときに車や人の流れを見ながら、この処理に自分の勉強が使えるんじゃないかと思ったからでした。そこからは、頭の中が渋滞の方向にシフトしてましたね。途中までは、表では航空の分野で流体力学の研究を地道に続け、裏で渋滞研究を重ねる。あるときに「渋滞学」というものをやっています、とカミングアウトしたわけです。


ズームインして一つの作業に集中すると同時に、時にズームアウトして引いた視点で全体像を眺める。そして、本当にすべきことに再度ズームインして集中する。そのバランスを取ることで「集中力」を最大化できる。


集中力は「ドーパミン」「ノルアドレナリン」という2つの脳内物質によって高まります。これを高めるには「アメとムチ」が重要。たとえば私は、論文を書き上げたら高級牛肉を食べていい、と自分と約束することで集中力を高めていました。「これが終わったらこれをする」と自分で決めることで、集中力を高めることが可能になります。


悩みを抱えている人の多くは、目の前の悩みの塊に圧倒され、思考が停止してしまっています。そんなときは一度「ズームアウト」することで、問題を少し引いた視点で捉えるべき。すると、問題の全体像が見えてくるので、大きな問題を個々の課題に切り分け、今すべきことが見えてくるのです。あるいは、より長い時間軸で考えることで「大したことないや」と気が楽になることもあるでしょう。


集中は個人的な要因だけでなく、環境的な要因によっても妨げられますが、これをいかに排除し、集中できる環境を整えるかは、管理職の重要な仕事です。


博士課程の頃は生活も苦しかったですね。と言うのも、私はいつか研究者として独立するのだから、と親に仕送りは要らないと言っていたんです。それでもう極貧になっちゃった。割のいい家庭教師のアルバイトが見つかるまでは、風呂は週に一回、素麺一束で7日間は生活する、月末の3日間は仕方がないから醤油を薄めて飲もう、なんて毎日でしたので。銭湯は「高い」から、普段は洗濯機の中に入っていました。そのうち、家賃も払えなくなり、経済的にゆとりのある友人の家の倉庫を使わせてもらうようになりました。ガスなし、水道なし、家賃ダダで3年ぐらい耐え、倉庫の隣のホカ弁屋さんで、賞味期限の切れた商品をもらっていたな。


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