西岡常一の名言 一覧

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西岡常一のプロフィール

西岡常一、にしおか・つねかず。日本の宮大工。奈良県出身。「最後の宮大工」と呼ばれた宮大工棟梁。祖父、父もまた法隆寺の宮大工棟梁だった。小学生時代から宮大工になるために現場で働く。 奈良県立生駒農学校(のちの奈良県立郡山高等学校)卒業後、本格的に宮大工となる。法隆寺修理工事に参加後、舞鶴重砲兵大隊に入隊し衛生上等兵となる。法隆寺棟梁となったのち、第二次世界大戦が勃発し、中国に出征。軍務のかたわら中国の建築様式を観て歩く。戦後は法隆寺文化財保存事務所技師代理として法隆寺の解体修理に携わる。法輪寺三重塔、薬師寺金堂、西塔、道明寺天満宮などの復元を行った。主な著書に『木に学べ 法隆寺・薬師寺の美』『蘇る薬師寺西塔』『法隆寺 世界最古の木造建築』など。

棟梁というものは何かいいましたら、「棟梁は木の癖を見抜いて、それを適材適所に使う」ことやね。建築は大勢の人間が寄らんとできんわな。そのためにも「木を組むには人の心を組め」というのが、まず棟梁の役割ですな。職人が50人おったら50人が私と同じ気持ちになってもらわんと建物はできません。


木にはそれぞれ癖があり、一本一本違います。産地によって、また同じ山でも斜面によって変わります。まっすぐ伸びる木もあれば、ねじれる木もある。材質も、堅い、粘りがあると様々です。木も人間と同じ生き物です。いまの時代、何でも規格を決めて、それに合わせようとする。合わないものは切り捨ててしまう。人間の扱いも同じだと思います。法隆寺が千年の歴史を保っているのも、みな癖木を上手に使って建築しているのです。


自分からしてみせな。それがいちばんですな。なんぼ上手に文句言うてもあきませんわ。やっぱりまず私自身鉢巻きをしめて、汗を流して、その人の前でこういうふうにやってくれと、実際してみせんとな。


功利的なことを考えずに、時間をかけてもええから、本当の仕事をやってもらいたい。ごまかしやなしに、ほんまの仕事をやってもらいたい。


一人前の大工になるには早道はないということです。


いまは太陽はあたりまえ、空気もあたりまえと思っとる。心から自然を尊ぶという人がありませんわな。このままやったら、わたしは1世紀から3世紀のうちに日本は砂漠になるんやないかと思います。


大学どころじゃない、大大学に行かせてもろうたようなもんです。
【覚書き|法隆寺で宮大工として働いた経験について語った言葉】


職人の中から芸術が生まれて、芸術家といわれる人の中からは、芸術は生まれてきません。


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