蝶野正洋の名言 一覧

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蝶野正洋のプロフィール

蝶野正洋、ちょうの・まさひろ。日本のプロレスラー。米国ワシントン州シアトル出身、東京育ち。新日本プロレスに入門。G1クライマックス優勝5回、WWA世界ヘビー級王者、NWA世界ヘビー級王者、IWGPヘビー級王者などを達成した。

いまがあるのは「現状に満足しないで、半歩だけ前に出てみる」ということを、続けてきただけじゃないかな。もちろん、「人と違うことをやる」ということは徹底してきたけどね。


自分だけの武器をもつことはたしかに大切。でも、すぐには身につかないと覚悟していたほうがいい。俺の必殺技のSTF(ステップオーバー・トーホールド・ウィズ・フェースロック)も、最初はまったく支持されなかったし、「自分の代名詞」と呼べるようになるまでには五年ぐらいかかった。


いまの若い選手は半年サイクルで新しい必殺技を覚えていくけど、これだとお客さんの記憶にまったく残らないよね。これだと決めた技を粘り強く改良して磨いていかなきゃ。


仕事というのは、自分の可能性を見つける手段のひとつだと思うんだ。その仕事をやっていくうえで大事なのは、「自分に対する想像力」を持ち続けること。「自分にはもっとこんなことができるのではないか」と考えるから、自分を駆り立てていけるわけだし。それを持ち続けられさえすれば、会社を辞めても辞めなくても道を切り拓いていけるんじゃないかな。


いまの不況は異常事態だと思っている人が多いけど、むしろいまが普通なんだよ。バブルや高度成長期というのは、みんなが上りのエスカレーターに乗っていて、黙っていても上がっていくことができた異常な時代。いまは、そのエスカレーターが階段に変わっただけ。上にいく方法自体がなくなったわけじゃないから、自分の足で登っていこうと思っているヤツはいまでも十分上がっていけるはず。


たしかに、あれ(悪役への転向)は大きなジャンプだった。会社の反対を強行突破してやったことだったしね。でも、何から何まですべて変えたように思われているけど、プロレスのベースの部分はほとんど変えていないんだよ。それまで培ってきたものに、ヒール(悪役)と黒という要素を「+α」したという感覚だった。


若いころから、本当は黒を身につけたかったんだよ。でも、周りが黒ばっかりだったから、自分はあえて反対の白いタイツでいった。それが、ちょうどヒール転向を考え始めたころには「コスチュームのカラフル化」が進んでいて、逆に黒が目立つようになっていたんだ。


自分のなかでは、ヒール(悪役)に転向するというより、神輿の「担ぎ手」のほうに回る、という意識だった。当時は、武藤敬司選手、橋本真也選手、佐々木健介選手、馳浩選手と、「担がれる側=ヒーロー」をめざす選手が豊富だったから、自分は担ぐ側のトップになってやろうと。いい担ぎ手がいなければ、どんなヒーローも輝けないからね。


30歳前に、「本当にこのままでいいのか」という不安を感じてはいたんだ。新日本プロレスはシステムがよく整備されていたから、移動のバスに乗りさえすれば、あとは自動的に物事が進んでいく。選手は試合をするだけだから、すごいラク。でも俺は、「この生活を続けていてはダメだ。早くこのバスから降りなきゃヤバイ」と気づいてしまったんだ。


ある地方の会場に試合でいったときに、ふと思ったんだ。そういえば去年も、同じホテルに泊まり、同じ食事をし、同じ会場で試合をしたな、って。さらに考えたら、その前の年もまったく同じことをやっていた。それで、「俺は人間的にまったく成長していないんじゃないか」と思ったのが、ヒール(悪役)に転向したそもそものきっかけだね。


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