藤井博行の名言 一覧

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藤井博行のプロフィール

藤井博行、ふじい・ひろゆき。日本の経営者。「日立金属」社長・会長。熊本県出身。熊本大学大学院工学研究科修士課程(生産機械工学科)卒業後、日立金属に入社。熊谷工場生産技術部長、鳥取工場長、事業役員情報部品カンパニープレジデント、事業役員常務情報部品カンパニープレジデント、執行役常務技術センター長、執行役専務技術センター長などを経て社長に就任。

企業の製品というのは、それが長かれ短かれ寿命を持っています。そのライフサイクルを見極めて次の主力製品を育てていくには、非常に冷徹な目と経験が必要になります


日立金属に入社以来、ずっと生産技術畑を歩んできました。要するに、工場や会社全体の設備投資を認可する部門です。営業部門からは、お客さんからの需要があるからこれだけの設備投資をしてほしいという要請が上がってきますが、それをそのままのんでいたら大変なことになります。設備投資が会社の屋台骨を揺るがしかねないリスクをはらむことは、近年の製造業を見ても分かる通りです。


ITはドッグイヤーと言われますが、実はこれは周期の長い製品でも同じことなのです。特殊鋼が伸びない間を支えたのはブラウン管テレビ用のシャドーマスク材という部材でした。でもそれが今やゼロ。液晶テレビ用のスパッタリングターゲット材がそれに取って代わりました。周期が長いだけで、ぐっと縮めれば浮き沈みは同じ。むしろITの場合は「1回表」にやられても「1回裏」で返せばいいとなりますが、周期の長い製品は方向転換を間違えると後戻りが困難です。


私が鳥取工場長の辞令をもらった時、周りの人は皆心配しました。なぜならこの工場はもともと日本フェライトという会社で、1970年代に会社更生法の適用を申請し、95年に日立金属と合併した経緯があったからです。本社と別系統の労働組合が存在し、社風も違う。業績も悪く、赤字が続いていました。私は「今は工場の危機だ。経営側も従業員も関係ないんだ」と呼びかけました。鳥取の人々は一般に寡黙と言われますが、胸襟を開いて分かり合えば、とことんついてきてくれる。努力が実を結び、携帯の進化・普及とともに業績は改善しました。


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