藍澤彌八の名言 一覧

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藍澤彌八のプロフィール

藍澤彌八、あいざわ・やはち。日本の経営者。藍澤証券創業者。新潟県出身。日本法律学校(のちの日本大学)卒業後、出版社の金港堂、株式仲買商の帳簿係や営業、大連で柞蚕糸の貿易会社勤務、などを経て、証券業の港屋商店代表となる。その後、藍澤商店(のちの藍澤証券)を設立。以後、日本の証券業界の発展に尽力した人物。そのほか、日本証券投資株式会社社長、平和不動産社長、東京証券取引所理事長、貴族院議員などを務めた。

株式市場はブームといわれているが、現在の兜町にも改善すべき点はいくつもある。そのためにも私もまた老骨にムチ打って大井に努力する覚悟である。
【覚書き|東京証券取引所理事長時代の発言】


月給なんかいらん。そんな考えでつくったのではないから、月給も名誉も全然問題にしていない。
【覚書き|太平洋戦争中、株価を安定させるために日本証券投資株式会社を発足させたとき、大蔵省から「自分が儲けるためにやってはいけない」と言われたことに対する返答】


私が借金だらけの港屋商店を引き受けてその立て直しに成功したのは、いい取引先を見つけたことと、思惑をやらなかったせいである。この方針を貫いたからこそ、50年もこの商売にくっついていられたのだろうと思っている。私が思惑をしたら、あるいは店もつぶれていたかもしれない。


店を閉めようとしたら50万円の借金が見つかった。結局私一人が借金を背負った形となって、このあと悪戦苦闘をする。そして立て直しに成功する。いい取引先を見つけたことと思惑をやらなかったせいである。
【覚書き:藍澤証券の前身である港屋商店を経営再建したきっかけについての言葉。思惑とは思惑売買のことで、自分の思惑でもって金融商品の売買をする投機的投資のこと】


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