萩原吉太郎の名言 一覧

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萩原吉太郎のプロフィール

萩原吉太郎、はぎわら・きちたろう。日本の経営者。北海道炭礦汽船社長・会長。千葉出身、埼玉育ち。慶応義塾大学理財科(のちの経済学部)卒業後、三井合名に入社。その後、北海道炭礦汽船へ移り、人事部長、常務などを経て社長・会長を務める。炭鉱業が斜陽化し始めたのちは、北海道不動産(のちのグランビスタホテル&リゾート)や札幌テレビ放送(STB)などの設立にも携わった。

会社の財産は人間である。自己を捨てて会社のために尽くそうという人がたくさんいることは、私としては本当に心強い。


無心になり、ハダカになるということはいいことだ。短時日に私の長所と短所を知ってくれた人たちは、次第に私に対し警戒の気持ちを持たなくなった。こっちが開けっ放しで行ったら、接する相手も開けっ放しになってくれたわけだ。
【覚書き|三井合名から北炭に移った当時を振り返っての発言】


社長に就任したころの石炭業界は上向きにあったが、私は逆に警戒した。現状に酔っていてはいけない。世界のエネルギー情勢から遠からず石炭は斜陽産業になる。どんどん重油に食われていくだろう。これはもう単なる景気の問題ではなくて、燃料革命だ。いま適切な手を打っておかねば命取りになると考えた。


由来、北炭は組合に甘いといわれてきた。しかしできるだけのことをして組合員の安定を願い、かわりに組合は会社を盛り立て、会社に協力しようという機運をつくるのが私の方針である。力と力の闘争の愚かさは、過去10年の歴史がこれを証明している。世間から北炭は腰が弱いと非難された。しかし、どんなに非難され誹謗されても、私は自分の理想によって貫いてきたつもりでいる。


悪いことは全部自分が被るから、処分してくれ。が、ただその前に私の気持ちだけ聞いてもらいたい。
【覚書き|太平洋戦争終結後、追放令違反容疑でGHQで取り調べを受けたときの発言】


会社の財産は「人間」である。彼らはみんな有能な連中ばかりだからといってかえって栄転させた。それがどうだろう。いまでは会社の中心になって、大いに生産に努めてくれている。災い転じて福となったわけで、これが北炭の基礎となっている。
【覚書き|萩原氏が北炭常務になる直前、派閥問題によって氏の排斥運動が起こった後処理について語った言葉。彼らとは排斥運動をした人たちのこと】


君たちは1か月以上もヤマ(炭鉱)を留守にしている。これからもう1か月もんだところで結果は同じだから帰ってくれ。ただし、君たちも手ぶらでは帰れまい。だから俺が近く札幌に出かけて審議をすることにしよう。もしそこで妥協できなかったら、俺は潔く北炭を辞める。俺が首をかけるから、今度は早く帰ってくれ。
【覚書き|北炭人事部長時代、社員との労働協約での発言】


私は勉強不十分なのでなんにもわからないが、みなさんがさっきから議論している人事権よりももっと大事なものがあると思う。それは「人道」の問題だ。よしんば会社に人事権があるとしても、人道はすべてに優先すると私は確信する。今度の解雇は自分がやったものだが、不当に辞めさせらものがあるとしたら、人道上許せないから、会社は速やかに撤回すべきだ。
【覚書き|北炭人事部長時代の発言。労組から「上司の個人的感情によって首にされた者がいる」という抗議に対し語った言葉】


人間、健康ほど幸福なことはないと痛感した。そして、出世とかなんとかいうことはすっかり馬鹿らしくなり、もし病気が治ったら会社に出ないで蕨(実家の埼玉県蕨市)に帰り、花でもつくって一生を送ろうと本気で考えた。
【覚書き|三井合名に入社した4日後に肺尖カタルで2年療養生活を送ることになってしまったことを振り返っての発言】


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