菊地敬一の名言 一覧

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菊地敬一のプロフィール

菊地敬一、きくち・けいいち。日本の経営者。本と雑貨のヴィレッジヴァンガード創業者。北海道出身。青山学院大学法学部卒業後、運送会社勤務を経て、日本実業出版社に入社。5年間営業職として勤務後、会社の先輩が開業した名古屋の書店勤務を経て独立。名古屋郊外にヴィレッジヴァンガード1号店を開業。26年連続増収増益、16年連続既存店増収、90か月連続既存店増収など突出した実績を残した。

つくる人は、売るようにつくるべき。売る人は、つくるように売るべき。


ひとつのものにこだわり続ける生き方・働き方もあるとは思いますが、状況に応じて柔軟に変化していく方が、楽しく仕事ができて、成果も上がると思います。


好きなことは、常に変化してもいいものだと思います。僕自身も「チェーン展開なんて興味がない」と言っていた時期もありました。それを知っている人は、いまの僕を変節漢と言うかもしれません。でも、朝令暮改しない経営者は、かえって駄目なんじゃないでしょうか。


「菊地さんなら、ほかの商売でも成功できるよ」と言ってくれる人もいますが、自分ではまったくそうは思いません。本という自分が情熱を注ぐことができるものを商売にしたから、ここまで来られたんでしょう。成功したいのなら、自分が好きなことを仕事にすべきだと、つくづく思います。


まず単純に「本が好きだから本屋をやりたい」と思ったんです。でも、本だけではなく、映画も音楽もアウトドアも好きで、それらを全部、自分の好きなように並べてみたら楽しいだろうな、と。ただ、好きなようにといっても、滅茶苦茶ではいけないわけで、そこにはストーリーがなくてはなりません。僕は、店という箱の中で、本や雑貨を用いてそのストーリーを編集しているんです。


僕には、社長ではなく一店長をやっていたい、という気持ちがいまだにあります。実を言うと初めは、こんなにたくさん店をつくる気なんてなかったんです。でも、うちの店が好きだから働きたいという人間が増えてくると、人が余ってしまう。それで仕方なく……(笑)。店をつくりたいから人を集めたんじゃなく、人が増えたから店をつくったというのが本当のところです。でも、そうして店をつくっていくうちに「雇用の楽しみ」も見つけたんです。


僕は大学に7年間も通った、ある意味ドロップアウトした人間です。その僕が自分の好きな店をつくったら、働きたいと言ってくるのは、やはり僕と同じようなドロップアウト一歩手前の若者たちです。でも、そういう若者がきちんと働いて利益を出して、税金も納めて社会に貢献するというのは、素晴らしいことじゃないですか。そう考えると、店は100店より200店の方がいい。自分の好きなことを通じて、雇用創出という社会貢献をしたいと思うようになったんです。


常識に照らし合わせて違和感のあることを僕は決してやらないです。話題性のある会社や経営手法が一時もてはやされたとしてもそれは一過性のものだと思いますから。


多店舗展開に必要なのは、「寛容」と「忍耐」と「度胸」。この3つです。人に任せる寛容、彼らを信じる忍耐、新規出店する度胸。


ヴィレッジヴァンガードの経営手法を、経済評論家たちは色々難しく説明してくれるけど、僕はただ、せっかく独立するんだから人と変わったことがやりたい、それだけだったんです。


一部のお客さんがめっちゃ喜んでくれたらそれでいいかなと。まぁ賛同者が100人くらいいれば採算は合うなとソロバンはじいて 最初の店を名古屋でつくったんです。そしたら、100人どころか意外といた!(笑)。


最大公約数はダサいっていう美学が僕の中にあって、だからヴィレッジヴァンガードは、大きなウェーブじゃなくて、小さなムーブメントを起こしたかったんですよ。


僕は10人に1人がわかってくれればそれでいいと思っていました。残りの9人はいつか振り返って、あぁあのときのヴィレッジヴァンガードのプレゼンはこういうことだったんだなって思う瞬間があったらそれってカッコイイじゃない。


僕はこの先どれだけ世界に拡大しても、現場を絶対にロボット化したくない。現場の自主的な判断でいきいきと仕事をすることが人々を解放するんだという全共闘世代特有の思想を僕は持っていましてね、そういう経営がやりたいし、ヴィレッジヴァンガードのような空間を作り上げるのにチェーン・オペレーションは馴染まないと思うんですよ。この考え方を貫いて世界に2000店舗まで拡大して、ヴィレッジヴァンガードって変わった会社だったけど、でも実は本質をついた経営だったよねって後世の人に思われることが夢かな。


ノン・チェーン・オペレーションの専門店として、世界No.1の規模になりたいですね。僕はヴィレッジヴァンガードをチェーン・オペレーションではなく、「マネジメントモデル」だと思っているんです。ボードメンバーが考えたことをどう末端の社員にまで継承していくか、このことには最大限の注意を払っている会社だと思います。


僕はまず国内を固めて満を持して海外にいくのが望ましいと思います。あとは、現地の人を採用するなら、現地の人をトップにしたほうがいいと思います。うちは最初だけ日本人が3人行きましたが、現在は1人にして社長は香港人にしています。彼らには彼ら特有の文化やメンタリティがありますから、現地の社長に任せるべきところは任せるべきでしょう。日本人はうまく叱れないんですよね。現地のスタッフも日本人上司から叱られるとへこみますし。


僕が特に気をつけているのは、中華圏だからといって商品や品揃えを決しておろそかにしないということです。これで失敗した小売業者は幾らもありますから。東京と同じかそれ以上のプレゼンじゃないと、それは相手国にもわかります。だから最初から日本と同じ、フルラインでいこうと決めました。その代わり、香港は家賃が高いので一等地ではなく少し家賃の低い場所を選んでいます。これは日本国内と同じ戦略ですが、PL(損益計算書)に占める家賃比率を下げつつも、品揃えや店の世界観をきっちり守ることで口コミ効果を拡げていく、この手法は香港でも通用するんだなと確信しました。


やっぱり国内はどこかでピークアウトするだろうと思っています。でも、ヴィレッジヴァンガードはある程度文化が成熟したところしか馴染まないと思うので、まずは香港に出店しました。現在3店舗出店しています。あとはヨーロッパもいいよね。香港で10店舗程やったら、次は台湾で100件、韓国で100件という感じで弧を描くように進めていこうと思っています。その間に、中国沿岸部もかなり成熟してくるんじゃないでしょうか。


あるとき証券会社から「上場しませんか?」と言われて、「上場するには何が必要なの?」って聞いたら、小売業のようなオールドエコノミーなら経常(けいつね:経常利益)5億は必要だと言われたんです。「それ以外は?」って聞いたら「組織だった経営です」って言われましてね。僕はそのとき、1週間に3.4回徹夜して本部機能を全部一人でやってたんですよ。そう。もちろん店舗には人がたくさんいたけど、それ以外の事務作業は全部一人でやってたんです。100億までは一人でできますよ。あ、僕ね、事務処理能力ものすごい高いんです。めちゃくちゃ仕事速いし。ブラインドタッチはできませんけど人差し指2本あれば!多分本当は総合職より事務職のほうが向いてると思う(笑)。でもそれだと僕が倒れたらおしまいですからねぇ。上場は「組織立った経営」を目指すいいチャンスかなぁと思って。


既存点の売上がずっと上がり続けてたから僕は資金繰りの苦労なんてなんとも思わなかったです。だから普通の経営者がやるように、仕入れを減らすこともしなかった。仕入れを控えれば店のクオリティは落ちますから。でもこれが結果的にはヴィレッジヴァンガードの成長を支えたと思います。銀行さんにはいつもこう言っていましたよ。「BS(貸借対照表)の歪みは成長の証です!」ってね(笑)。既存店の売上を上げ続けてくれた社員には感謝しています。


月末はいつもお金がなくて。資金繰りにはずっと苦労していましたよ。結構最近(上場前)まで!経営って資金繰りなんだと思いましたね。僕はこの状況を「自転車操業」ではなく、「オートバイ操業」と呼んでます。倒れたら死ぬ!(笑)黒字倒産が実際にあるとすれば、それはきっと弊社で起こるんだろうなぁと僕はいつも思っていました。


もちろん既存店の増収にはこだわっていきますが、今後は更にM&Aなどで時間を節約しながら店舗数を拡大するダイナミズムへの転換期が来ているという気がしていますね。ヴィレッジヴァンガードは空間さえつくり上げればあとは何を売ってもいい。僕らのメソッドを投入してヴィレッジヴァンガード色に染め上げていけば1000店は見えています。


僕は社員に「どうして売上が下がったの?」とは決して聞きません。「腕が落ちたんじゃない?」って聞くんです。売上が下がった理由を尋ねれば、人は必ず言い訳をします。環境が悪い、競合店ができた、天候が悪かった……確かに理由は幾らでもある。でも「腕が落ちたね」って言えば、それは本人の問題だから誰も言い訳はしません。僕はそうやって社員の腕が毎年上がっていくことを強く信じたし、彼らもこの、曖昧で非合理的で前例のない僕の方針を盲目的に信じてくれた。そうやって徹底的に既存店経営にこだわったことで26年間連続増収増益を成し遂げたんです。それがここまでヴィレッジヴァンガードを育ててきた僕と僕の社員の最大の誇りです。


一般的なチェーン展開の小売業では、既存店の売上は年と共に下降カーブを描くのが普通です。その下がった分の売上を埋めるために、どんどん新店を立ち上げていく。そうやってグロスで売上が上がるように調整していくのがよくある経営手法。でも僕はそう考えなかった。去年より今年、今年より来年、経験を積むほど社員の腕は上がっていくはずだし、既存店の売上は必ず前年より伸びるはずだと信じたんです。一般論がどであれ、既存店は永遠に売上を拡大できる、僕らはそういう稀有な小売業をやっているんだということを僕は、僕自身と、そして社員にも信じ込ませました。


ロードサイドの(郊外型)店舗展開から駅ビルへの出店が決まったときがヴィレッジヴァンガードの一つの転換期だったかな。僕はそこで初めて節操を曲げたわけですよ。駅ビルには今まで対象にしていなかった中学生や高校生もたくさん来ますから店の在り方や品揃えを変えていかなければならない。


ヴィレッジヴァンガードは現在国内に400店舗弱を数えますが、その最大の特徴は、チェーン・オペレーションではないところですチェーン・オペレーターが考えることは、まずマーケットを1000億とかって見込んで、そこからドミナント方式で店舗を量産していくことです。それで、名古屋の商圏制覇、次は東京の商圏……、と面をおさえにかかります。でも僕らはチェーン・オペレーションじゃないから、店はどこにあってもいい。名古屋の次が釧路でもいいわけです。面をおさえるために競合と戦うこともないから、まさにブルーオーシャンだったんですよ。


次第に店のお客さんがバイトになり、バイトが社員になり、そろそろ彼らのために新しい店でもを作るかなぁと。
【覚書き|ヴィレッジヴァンガードの店舗を増やしはじめた理由について語った言葉】


最初はこんな店ありえないってさんざん言われましたよ(笑)。本屋なのに『主婦の友』も『週刊ポスト』も『女性自身』も置いてない。いわゆる売れ筋のベストセラー本もまったくない。おまけに駐車場には車が二台しか入らない。店にはビリヤード台とアメリカの図書館をイメージしたハシゴがあって、裏山のイチョウの葉をかき集めて店中にバラ撒いたこともありました。掃除のおばちゃんに「誰、こんなところにゴミ捨てたのは!」って怒られたりして(笑)。理性ある経営者のやり方とは違うけど、僕は、僕の店をいいと思って、ほかの店の前を素通りしてうちに来てくれる人が必ずいると信じて疑わなかったんです。高ぶっていましたからね。


僕は本が大好きですから。それに連想ゲームは本からスタートするのが簡単だったんですよ。例えば村上春樹。彼をキーパーソンにして、そこから関連する商品を並べていく。僕にはその連想が果てしなくできる。だって村上春樹を読んでいれば、トルーマン・カポーティやジョン・アーヴィンがでてくるわけです。それらを村上作品の横に並べていきました。昔はインターネットがなかったから、本を読んでなければわからないことです。今はアマゾンが教えてくれるけどね(笑)。


ヴィレッジヴァンガードは、僕が本と雑貨を「融合して」つくった店です。「複合」じゃなくて「融合」ね。本と文房具、本とCD、これらを「複合的に」扱っている業態は以前からたくさんありました。それぞれ売り場が独立してる店。でもそれってまったくカオス感がない。僕はそのことがずっと不満だったんです。それで僕が考えたオリジナルの店舗形態がそれらを「融合」させることでした。つまり、売り場をジャンルごとに独立させずに本の隣に関連した雑貨、CDがある。単純なことだけど、これがほかの店にはまったくない発想だったんです。ここで重要なのが「アナロジー(連想)」。本をキーにして、そこから連想される雑貨を並べるわけです。そうすることでパノラミックな売り場ができあがる。しかも本より雑貨のほうが粗利が高いので、両方扱うことでマージンミックスで粗利を上げて経営を安定させたいという目論見もありました。


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