荒蒔康一郎の名言 一覧

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荒蒔康一郎のプロフィール

荒蒔康一郎、あらまき・こういちろう。日本の経営者。キリンビール会長。東京大学農学部卒業後、キリンビールに入社。小岩井乳業への出向を経たのち、キリンビールの取締役、常務、医薬品事業本部長、専務、医薬カンパニー社長を歴任し社長・会長。

仕事を通じて若い世代にビジョンを示してほしい。仕事の具体的な目標だけではなく、その先に大きな夢を見ることを教えるのも、リーダーの大切な役割ではないでしょうか。


専門外の分野に配属されて、「なぜ自分が?」と私も思いました。でも、私はまずはやってみるかと思いました。
【覚書き|入社8年目で研究から新規事業開発の部署に異動させられたことについて語った言葉】


「これが自分の専門だ」と最初から決めてかかるのではなく、自分の可能性を試すように様々なことに挑戦してほしい。


リーダーは、会社全体の課題やチームの役割を理解したうえで、「だからいまはこういうことをやる必要がある」という道筋を示す必要があります。そしてメンバーを納得させて、みんなの力を引き出して目標達成に結びつけないといけない。


いったん気持ちを整理して、皆で同じ方向に進まなければ、何をやっても駄目です。


考えに考えて夜も眠れないこともあります。トップであれば、それは仕方がないと思っています。


考え抜いた末に出した方針を簡単に変えてはいけません。軸がブレてはいけません。「新キリン宣言」に対して、いろいろ言う人はいましたが、そこで私が躊躇したら、社内が混乱しますから。


上に行くほど動揺してはいけないし、心の悩みを表に出してはいけないと思います。


リーダーは自分を律する気持ちを持つことです。上になればなるほど、いい意味でも悪い意味でも好きなことができますから、常に自分を律する気持ちを忘れてはいけません。


社内のベクトルが分散していれば、一人一人は一所懸命に仕事をしていても、総合すると大きな力にはなりません。だから、「お客様本位」「品質本位」という当たり前のことを原点にベクトルを合わせようと、全社員と約束しました。


そうした経験は、自分自身の視野を大きく広げるきっかけになりました。
【覚書き|小岩井乳業への出向、研究開発部門、新規事業開発部門、医薬品部門など非ビール部門を渡り歩いた経験について語った言葉】


トップは、社員が「大変です」と言ってきたら、「そうか、じゃあ、まず情報をくれ」というくらいの冷静さがないといけません。トップが冷静なら、「僕たちは僕たちで、できることをやろう」という話になるけれど、一緒になって慌てふためいたり、青くなっていたら、「船長は諦めたらしい。早いところ、救命ボートを確保しよう」という話になってしまいます。


コンティンジェンシー・プラン(不測の事態へのプラン)を持っていれば、不幸にして、不測の事態に陥ったとしても、ぐらつかずに済みます。複数の対応策の中から、冷静に対処できますから。譲れるところ、絶対に守り抜きたいというところを考えておくことも大切です。


経営責任者は、コンティンジェンシー・プラン(不測の事態へのプラン)を考える必要があります。日ごろから、ひょっとしたらこういうこともあり得るかも知れないというように、ワーストケースを考え、事前に対応策を持っておいた方がいい。


トップの考えを伝え、組織を変えるには、自分の頭で考え抜き、自分の考えを自分の言葉でわかりやすく、明快に語ることだと思います。それから相手の反応に対して、きちんと聞く耳を持つこと。そして、みんなで考えるための材料を提供して、社員の参加意識を高め、議論を積み重ねていくことだと思います。


トップが話し合おうという姿勢を見せれば、現場の人は自分の意見を持っていますから話してくれます。昔のようにトップにものが言えない時代ではありませんから、トップと社員の一体感は比較的容易に築けるし、一緒になって考えることはできると思います。


元気のある人が一人で話し、ほかの人が聞き役になるのを避けるために、「では、あなたから意見を聞かせてください」というように、隅に座っている人から順番に指名することにしました。そう促されると、みんな心に秘めた思いはあるので本音を聞かせてくれました。


現場を回るときに大事なのは、上の人間が朝礼方式でみんなの前に立って一方的に話しても、大きな効果は得られないということです。それでは、一人一人に突っ込んだ語りかけができません。そこで、10人くらいのチームをいくつかつくってもらい、1チーム1時間として、「私はいま、こう考えています」と話し、それに対して、できるだけ自由に意見交換ができるようにしました。


お客様から見れば、キリンはチャレンジ精神がない、躍動感がない、振い、固いという思いが強くなっていました。キリンに対する期待が薄れていたわけです。社内のあらゆる活動を「顧客本位」「品質本位」の視点から総点検し、お客様の期待に応えるために、新しい発想や行動を生み出す、自由で活発な企業風土の実現を目指しました。


みんなで気持ちの整理をしよう。勝った負けたではなく、なぜこうなったのかを考え、原点に立ち返ってやり直そう。
【覚書き|48年ぶりにシェアが2位になってしまった年の発言】


トップが出した方針通りにものごとが進まないこともありますから、悪い方に行ったときに、ひょっとしたら、ここまで曲がるかと予想していて、最低、ここまでは手を打つ。それを割るならこうしようと考えておく。第一想定のところまで来たな、第二想定のところまで来たなと覚悟をし、何を発動すべきか考える。それは日ごろの準備がないとできません。


大事なのは続けるということ。経営トップ自ら率先して情報をチェックし、意見を述べることで、社員への浸透度を高めていくことができる。


社長就任直後は、何よりもまず社員との直接対話を心がけた。社長就任を打診されたとき、キリンはすでに苦境に陥っていた。そこから回復を図るためには、どこに問題があるのかをつかむ必要がある。取引先への挨拶回りをするかたわら、地方の支社や工場にもこまめに足を運んだ。


現場の社員や取引先と接することで痛感したのは、同じ考えや価値観を共有して、仕事をしていかなければ駄目だということだ。たしかに新商品、低価格といった戦術もあるが、一発逆転のウルトラCの効果は期待できない。まず私自ら負けを認めて、原点から出直すべきだと考えた。


私が採った原点回帰(「お客様本位」「品質本位」)という社員の意識改革や、企業の風土改革というやり方は、ドラスチックな構造改革に比べれば即効性はない。仮に社員の意識改革ができたとしても、すぐにヒット商品につながるものではない。幸い、のどごし<生>のヒットで、私の採ってきた戦略は間違っていなかったことが証明された。会社に活気が出て、元気な社員が増えてきているのは本当に心強い。


これまでは九州での成功例は、北海道にとってはよそでの出来事でしかなかった。ところが、現場の意識が変わってくると、疑問や質問をメールでやり取りすることで、成功のポイントを抽出し、自分の仕事に生かすことで成功体験の伝承が可能になってきた。


情報の入手、伝達には仕組みも必要だ。たとえば、お客様センターに押せられる相談がある。そのうち8割が問合せで、2割がお客様からのご指摘だ。「せっかくいただいたものだから、一ヵ月まとめてではなく、毎日流せ」と指示した。最初は経営職、管理職だけだったが、いまは全社員に開放し、今日のご指摘は翌朝には全員が確認できるようにした。


情報というのは印刷されたり、デジタル化された資料だけでは、絶対に問題はつかめない。わからないことがあると、とにかく毎日、現場に張り付いた。「ここのところはしっかり見たいな」という部門は朝から晩までそこに行って観察した。すると不思議とそこに潜んでいる課題が徐々につかめるようになってくる。


私はビール会社の社員でありながら、ほとんどビールには携わっていない。小岩井乳業や医薬事業などを経験してきたが、未経験の分野にチャレンジするわけで、誰とでもダイレクトコミュニケーションをしようと考えた。「これをやりたいんだ!」という基本を示して、それをベースに何度もディスカッションを繰り返した。
【覚書き|キリンビール社長に就任したときを振り返っての発言】


リーダーは「確かにあなたの意見が正しいかもしれないね」「まずは○○さんの方法を試してみましょうか」といった妥協も適度にしながら、みんなの納得とやる気を引き出して、迂回しながらでも最終的には目標につなげていくことが必要です。その調整がどのレベルでできるかによって、任せられるチームの大きさが決まってくると思います。


グローバル化になってもリーダーの本質は変わりません。グローバル化で前提の違う国に出て行って仕事をすることは増えたでしょう。しかし、前提となる環境が毎回違うのはビジネスでは昔から当たり前のことです。


世代間のコミュニケーションについては難しい面も出てきたかもしれません。ここ数十年の日本社会の変化は大きかったので、世代によって育った環境がまったく違う。それが思考の違いにも表れるのでしょう。とはいえ、話が通じないと言っていてはダメです。リーダーは前提の違いを受け入れて努力する義務があります。考え方の根本が違う上の世代、下の世代双方の話をじっくり聞いていくしかないでしょう。そのうえで、下の世代に対して夢を持つように指導できるリーダーが求められていると思います。


小岩井乳業への出向で学んだのは、チームで目標を達成することです。キリンに比べれば小岩井乳業は小さな組織で、トップとの距離も近い。そのなかで、チームの役割を認識し、チーム内で目標を共有しながらプロジェクトを進めていく方法論を実地に学ぶことができました。


アメリカのアムジェン社というベンチャーと合弁で、貧血治療薬を開発するプロジェクトに配属されたとき、経営の厳しさを目の当たりにしました。アムジェンの創業者たちは、人生をかけています。もちろん、こちらも真剣に取り組んでいるのですが、やはりキリンの一部門ですから、「潰れたら他のことをやればいいか」と思わないではいられなかった。命がけて仕事をしている経営者たちと接して、帰りの飛行機の中で考え込んだこともしばしばでした。いってみれば、経営の厳しさとロマンをここで注入されたわけです。


私が社長に就任した年は、ビール市場においてキリンがアサヒさんに逆転されてしまった年です。そんな逆風下だったからこそ、ビール以外の分野を渡り歩いてきた私に、会社はゼロからの発想を期待したといえます。


リーダーとして上手くチームを率いるのが難しい人は、「自分の意見が何よりも正しい」と思っている人でしょう。たしかに客観的には正しいかもしれない。しかし、正しいと思わないメンバーもいる。そこで自分の意見を強制するやり方だと、せいぜい3、4人のチームを動かすのが限度でしょう。


私は研究職からスタートしましたが、入社8年目には本社の新規事業開発の仕事に就きました。ゼロベースから新事業をプランニングする仕事です。学生時代の専攻を活かすつもりで社会人になったのに、ここで早くも技術者としてのこだわりを離れざるを得なくなりました。といっても、しぶしぶではなく、よりダイナミックな世界に触れる面白さがありました。新規事業開発の仕事を通じて、キリンという組織全体がどう動いているか、社会の中でキリンをどう位置づけるか、を知ることができたのです。


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