舞の海秀平の名言 一覧

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舞の海秀平のプロフィール

舞の海秀平、まいのうみ・しゅうへい。日本の力士、スポーツキャスター、タレント。青森県出身。日本大学相撲部で活躍した後、出羽海部屋に入門。小兵ながらも多彩な技を駆使して活躍。最高位は東小結。「平成の牛若丸」「技のデパート」と呼ばれた。引退後は相撲解説者やスポーツキャスターとして活躍。

勝負強い力士ほど、「勝たないと飯が食べられない」という覚悟を持ち、自主性が乏しい力士ほど潰れていくのが、プロの世界。


生きているからこそやりたいことができる。挑戦できることは素晴らしいこと。


人と会話する時も食事する時も、常に勝つためのヒントを探していた。


体が小さいからこそ、「勝つためにはどうすればいいか」、必死に考えた。


「全く違う分野に目を向けること」も大切にしていました。体操競技の跳馬の動きから「飛び方」を研究したり、ボクシングのパンチのかわし方から、「張り手のかわし方」を考えたり。


ある時、学生時代の相撲部以外の友人から、「おまえの相撲はワンパターンで面白くない」と言われたんです。「こっちは必死で取り組んでいるのに何てことを言うんだ!」と、一瞬ムカッとしましたが、よく考えてみると確かにそうだった。それからというもの、大きな力士ができない動きや、観客を驚かせる動きを必死で考えました。その結果、立ち合い直後に飛ぶ「八艘飛び」が生まれた。


「絶えず考え抜く姿勢」が大事です。自分だけの考えだと限界があるので、「相撲界以外の人と話す」ことも大事にしていました。相撲界以外の人と話すと、自分はいかに小さな枠の中で物事を考え、「こうでなければいけない」という固定観念で凝り固まっているかが分かりました。


体が小さいというハンディがあるからこそ、大きな力士と同じ考え方や稽古では通用しません。大きな力士ができない動きを考え、それぞれの力士の出方をイメージしながら、自分はどんな動きをするか、そんなことを常に頭の中でシミュレーションしていました。


「さぞがしプロの世界は、厳しい稽古をしているのだろう」と期待に胸を膨らませて入門しましたが、学生の頃とほとんど変わりませんでした。学生時代の方が徹底的に生活が管理されていましたが、逆にプロの世界は、門限を守らなくてもよく、何をやっても自由でした。怖くなりました。この自由に流されたら、力士としての人生は絶対に終わる。自分を律することが必要だと。


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