能作克治の名言 一覧

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能作克治のプロフィール

能作克治、のうさく・かつじ。日本の経営者。鋳器メーカー「能作」社長。福井県出身。大阪芸術大学写真学科卒業後、新聞社に写真記者として勤務。結婚と同時に妻の実家の鋳物会社「能作」に入社。鋳物職人として17年間修行したのち社長に就任。オリジナル鋳器を開発し、中間加工業者からの脱却を成し遂げ、同社を急成長させた。

「能作さんはなぜそんなに仕事をするのか」と、よく言われますが、簡単な話、楽しいからですよ。次から次へと新しい仕事を手がけることが楽しいものですから。


今、この時間を大事にすれば、必ず未来は拓ける。


伝統とは革新であり、新商品開発などを通じて新しい方向に伝統を変化させる努力を続けて百年がたつと、それが新しい伝統になるのです。


私は「できない、無理です、嫌だ」とは言わない。たとえできなくても、代替案を出す。そして他人の真似をしない。


最近、「能作さんはブランディングがうまい」と言われるのですが、私たちはお客様が喜ぶものづくりを目指してきただけで、ブランディングをしようとしたことは一度もありません。日ごろのものづくりをきちんと行い、人様を大事にする、という当たり前のことをやってきただけです。


デザイナーの小泉誠さんと一緒に商品開発をしたときの話です。私が「錫(スズ)はいい素材だが、柔らかく曲がりやすいことが唯一の欠点だ」と話したところ、彼は「曲げて使えばいいじゃないですか」と答えました。そしてヒット商品「NAJIMIタンブラー」ができました。


高岡に愛されなければ県外に出ても成功しない。同様に、日本に愛されなければ国外に出ても成功しない。だからこそ地域貢献は惜しみなく行います。


地元の人から「能作はいいね」と言ってもらえるのが一番ですね。県外にもうちの商品を持っていってくれて、「能作は富山県なんだ」と宣伝してくれる。タクシーの運転手さんも、お客様から「能作までお願いします」と言われると、高岡駅から当社に着くまでのあいだに、能作についてひととおり語ってくれる。そうなると、うちは営業が要りません。


会社としては、外注費を絞ることができないので苦しいですが、地元の外注先に対して指導したり、社内と同等の人件費で発注すれば産地の企業が一緒に上がっていくではないですか。一社がダントツに伸びて、その一社がクシャミをしたら全員が風邪を引くようではダメ。同じぐらいの規模で伸びている会社がいくつもできることが、伝統産業には望ましいのです。


富山県では県外から来た人を「旅の人」というんです。私が高岡に来たころ、同業の人たちが「あんた旅の人け、何も知らんやろ。教えたっちゃ」と言って、鋳物の技術を教えてくださいました。そのことに対する恩義がある。だから恩返しをしたいという思いがありますね。


グローバルに物事を考える一方で、地域のものづくりは変えないという意味で、「Think global, Act local」を実践していきたい。


モノ、コト、心の3つが揃わないと商品は売れないと思いますし、その3つが揃った商品は今後海外にも通用すると考えています。


日本製でモノがいいのは当たり前。最近はモノに付随する伝統などの「コト」の部分に加え、日本でも中国でも「心」の部分を欲しがる人が増えていて、うちの職人がどんな気持ちでこの製品をつくったのかを聞きたいというお客様もいるのです。


「日本で売れている商品は世界でも売れる」と考え、海外の国際展示会に積極的に参加しました。しかし、反応は今ひとつでした。各国の文化や歴史を踏まえたうえで開発する必要があると痛感しました。


技術とは、伝統を守ってつないでいくものだと思いますが、なかには進化する必要のある伝統技術もあるのです。新しい方向性を見出さないと、伝統は消えてしまう。


大企業では、自分がやったことの成果はなかなか見えません。でも、ここでは自分が努力すると鋳物が綺麗になっていくことが実感できる。中小企業のいいところは、そこなんです。


初めて制作したオリジナルデザインのベルは高い評価を受けたのですが売れませんでした。そこで店頭の販売員の方に意見を聞きました。「格好が良くて音も綺麗ですから、風鈴にしたらどうでしょうか」とおっしゃった。その意見を元に、ベルを風鈴にリメイクして販売したところ、大ヒット商品になりました。


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