紀野一義の名言 一覧

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紀野一義のプロフィール

紀野一義、きの・かずよし。日本の仏教学者、宗教家。太平洋戦争中学徒出陣で陸軍工兵士官として従軍。生死ギリギリの職務を経験する。また、家族のほとんどを広島原爆で亡くす。それらの経験から仏教を研究し始める。多くの著書を残している。

あらゆるものに自我がないとすると、自分というものもなくなってしまう。自分の自我だけはなんとしてでも認めたいという気持ちが働いてくるのが人間というものだろう。それを抑えて、やはり自我というべきものはないというのが本当だと認めるわけである。自分について、自分を生かしているものについての内省が深くなるにつれてそういう境地になる。いろんなものに生かされているということがわかる。


夫に生かされ、妻に生かされ、親に生かされ、子に生かされ、ありとあらゆるものの力に生かされていること、究極的には永遠なるものに生かされている、仏さまに生かされていると認めざるを得なくなる。それが「さとり」であり、それが救われていることであり、それが仏ひとつという世界なのである。


人間は死ぬ時に「死んでも死に切れない」という怨念があるから、再び輪廻するのである。死ぬときは淡々と、己を生かしてくれていたものすべてに感謝して死ななくてはならない。


楽天主義というと人はすぐ「いいかげん」とか「気楽さ」とか「人の良さ」とか「うすのろ」とか連想するらしいが、楽天主義とは凄まじきものである。殺されたって「人を信じ通す」という人生観を変えないのだ。人間は素晴らしい。自然は素晴らしい。生まれてくるってことは素晴らしい。死ぬってことも素晴らしい。病気になるってのも素晴らしい。という風に、徹底的に信じ通すのだ。肯定、肯定、絶対肯定してゆくのだ。


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