糸井重里の名言 一覧

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糸井重里のプロフィール

糸井重里、いとい・しげさと。日本のコピーライター、エッセイスト、タレント。群馬県出身。法政大学文学部日本文学科に入学。学生運動に参加するも、内部抗争が嫌になり大学を退学。その後、アルバイトをしながら宣伝会議のコピーライター養成講座に通ったのち、デザイン事務所サムシングに就職。同社在職中にTVCFアイディア賞で銀賞・金賞を受賞するも倒産したためフリーとなる。主な受賞に宣伝会議賞、東京コピーライターズクラブ新人賞・特別賞、東京アートディレクターズクラブ賞、谷川俊太郎賞、伊丹十三賞ほか。作詞家や声優、そのほか幅広い分野で活動した。

自分たちが本当にやりたい、面白いと思えることを大真面目に追求したコンテンツや商品、イベントだからこそ、周囲から支持していただいている。


ほぼ日のやり方は、「どうすべき」という目的意識が前提ではなく、「どうありたいか」という動機や望みを徹底的に議論するところから始まる。


何が正しくて何が間違っているかなんて、本来、誰にも分からないこと。


収増益を続けるためには、自分たちがやりたいと思えるような、さらに新しいことを生み出す必要がある。


生き残るブランドを作るためには、この商品ならではという要素が欠かせない。


何でも最短最速がいいとは限らない。


書く癖を絶対身につけた方がいい。アイデアは書けば書くほど次のアイデアにつながる。バージョンアップする。


根っこに「頑張れる理由」がある方が前進しやすくなる。


自分の考えや感じたことを文章化すると、それまでもやもやと逡巡していた自分の思考がはっきりしてくることがある。


ユーザーの声は大切にしています。でも、何でも聞き入れるわけではありません。


楽しんでいるからこそ、いい仕事ができる。


オンもオフも明確に分けることなく、「仕事」と「遊び」のあいだに、いい意味での「公私混同」があることが大切だと思う。


僕は、商品や物販もモノの形をしたコンテンツだと考えています。書籍は紙を買っているわけではなく、中身や内容を買っています。すべてのものが楽しむためのコンテンツなのです。


プロジェクトを進めるために何よりも大切なのは、トップが「現場に立って」動くこと。


オリジナリティーあふれるブランドに育てるには、お客さんに「ここは頑張って力を入れたよ」とアピールできる目に見える要素も必要。


僕がほかの人にはできないような発想や話をできるのは、自分の思考や経験を紙に吐き出しているから。それが僕の仕事になっている。


最良って何だろうと考えたとき、その道には失敗があるかもしれません。それでも進まなければならない。


スタッフには、「自分たちが、まず消費者であり、第一のお客さんなんだ」と繰り返し言っています。


商品開発について考えてないわけじゃないけれど、考えてないに等しいかもしれない。ただ、僕はユーザーとしての練習は絶えずしています。


「ほぼ日(ほぼ日刊イトイ新聞)」創刊時は、そこでモノが売れるとは考えていなかったです。ただ、最初からインターネットはビジネスになるとは思っていました。銀座の4丁目の角に自動販売機を置いたら、それだけで食っていけますよね。おでん屋でも花屋でも何でもいい。重要なのは銀座4丁目にあるということです。大事なのは「人のにぎわい」。人が、その街に行きたくなる理由があるかぎり、何をしたらよいかわからなくても、食う道はあると思っていました。


「何か言ってごらん」と促されて言うことと、本当に感じていることとは、別なんです。見極めが難しいけれど、本当に感じていることでないと意味がない。


「ほぼ日(ほぼ日刊イトイ新聞)」手帳も「自分が欲しい」が動機ですね。手帳に満足した覚えがなかったですから。
【覚書き|同手帳は年々改良され年間46万冊売れるまでに成長した】


売れるものなら何でも売りたい、というわけではなく、僕にとってはTシャツを販売することも、「ほぼ日(ほぼ日刊イトイ新聞)」で文章を書くことも、同じことなんです。商品も読み物も、すべてコンテンツ。やりたいことしかしたくない。


いま世間で「ラジオ体操をしよう」というメッセージの本が40万部を超える人気になっています。ラジオ体操はいいに決まっている。だけど、なぜしないのか。腹巻きと同じで、「格好悪かつた」からです。だったら、格好悪くないものを作ればいい。


僕がいつもしている「「ほぼ日(ほぼ日刊イトイ新聞)」ハラマキ」も、僕自身の強い動機から生まれたものです。11年前に販売を始めたのですが、今では、ほぼ日の主力商品にまで成長しました。今日も着けています。ほら。ある友達が「だまされたと思ってしてみて」とくれた腹巻きがきっかけでした。僕はお腹を壊しがちなところがあったんですが、着けてみたら本当に調子がいい。だけど、らくだ色の冴えない感じですから、ボロボロになっても、新しい物を買う気にならなかったんです。だったら、格好悪くない腹巻をつくればいいと。


僕の理想は、国でいえばブータンのような会社なんです。小さくても、国民総幸福量という独自のコンセプトを打ち出して、存在感を示している。「ほぼ日(ほぼ日刊イトイ新聞)」も同じで、売上や成長率はちっぽけでも、多くの人にいい影響を与えることができたら、と考えているんです。


週に1回1時間ほど、「こういうことを考えているから知っておいてほしい」ということを話します。彼ら(社員)が僕と話をする機会はしょっちゅうあるので。その場で意見を言えというリーダーもいますよね。でも、そういうのは得意じゃないんです。すべてをわかっていない状態で、今聞いた話に反応できるほうがおかしいと思っているので。


プロジェクトは会社が用意するのではなく、社員が自立的に手をあげてやります。決め事になると何でも楽なんですよね。しかし、楽をすると頭が休んでしまう。頭が休むとアイデアは生まれません。さらに、アイデアがないと周りを巻き込めないから、やる仕事がなくなります。


他の会社さんから提案が来たら、お会いするようにはしています。ただ、「ほぼ日(ほぼ日刊イトイ新聞)」には「約束3原則」というのがありまして、それを基に動くようにしています。(1)できるだけ約束をする、(2)できる約束だけをして、守る、(3)守れなかったら全力で謝る、です。これにおまけとして、「頼まれたことは、こちらからお願いしてでもしたいことかどうか、1日置いて考える」がつきます。ですから、企業からのお誘いも、こちらがお願いしてでもぜひやりたいことかどうか、よく考えて返事をします。


ニュースは熱を帯びるでしょう。でも熱を中心に動機を集めると危ない。すぐ冷えますからね。「熱」と「冷」の間に「温」があって、ほとんどの人は「温」のゾーンにいる。「温」の状態が快適だから人はそこにいたい。「ほぼ日(ほぼ日刊イトイ新聞)」も、その「温」でいきたいと思っています。


商品に関する読者の方からの要望は、全面的には聞かなくても「これ面白いので見てみてください」といった提案はよく聞いているんです。ある本が面白いと聞けば、すぐに買って読む。「みんなにこの本を読んでほしい」と思ったときや、「この人を知ってほしい」と思えば、「ほぼ日(ほぼ日刊イトイ新聞)」で紹介します。商品もそう。よそのものを売るのに全力になる会社って、あまりないんじゃないかな。でも僕らはいいなって思ったら、おカネになろうがなるまいが一所懸命手伝う。そうやっていると、やがて面白いことが生まれるんじゃないかと思っているから。


もともと商品開発に自信はありました。同時に、1ヵ月に1個、新商品を出せと言われたら絶対できない自信もある(笑)。でも、それでいいと思うんです。商品開発のプロじゃないから構わない。


こういう商品を作ってほしいとか、この商品をこう改良してほしいというご意見は、なるべく聞かないようにしています(笑)。もちろん、お客さんのご意見は聞きますが、モニターとして意識しすぎると、「あぶはち取らず」になってしまう。だから、意識しすぎないようにしています。アンケートも当てにしすぎるといけません。どうしても「考えるために考えた」アイデアが入りますから。


「永久紙ぶくろ」という、ジッパーもなければ間仕切りもない、長方形のナイロン製の袋も、僕自身が欲しくて作ったものです。90年代の半ば、釣りばかりしていた時期があって、そのときに餌の袋だとか、いろんなゴミを放り込めるような袋があれば便利だと思った。商品としては、人に差し上げられるくらいの、ちょっとした袋に発展したのですが。ビニール傘に近い発想でした。


僕は、世の中がデフレになりかけた時期に、「安い、安いでいいのかしら」という百貨店の広告を作ったことがあるんです。このときにはすでに広告コピーまで「安い」が最も効果的な言葉になってしまっていました。けれど、「安い」ことが一番の価値なら、広告をするより値段を下げたほうがいいし、そうした「安い」を追い求める流れが、いい流れのようには思えませんでした。「ほぼ日(ほぼ日刊イトイ新聞)」で最初のTシャツを作ったときも、たくさん作ったことで原価は安くなったけれど、安さで勝負する気はなく、やっぱり動機が大事だったんです。仲間と一緒に着られるTシャツを作りたい。その時に、買ってくれる人がいると原価が下がるから、よかったら買いませんか?というくらいの気持ちでした。そしたら、欲しいと言ってくれる人がけっこういた。3000枚売れたのですが、まさかそんなに売れるとは思っていませんでした。


「ほぼ日(ほぼ日刊イトイ新聞)」は、最初は事業だとも思っていなかったですから。広告の仕事をするなりゲームを作るなり、我慢してでも稼いで、そのおカネを入れれば回っていくだろうというくらいに考えていました。当初は「芸能人のレストラン」みたいな、中途半端なところがありました。


「ほぼ日(ほぼ日刊イトイ新聞)」が大切にしているのは、「やりたい」という気持ち、つまり動機なんです。僕はもともとコピーライターで、そのときの動機というのは、表現力を発揮したいとか、お客さんである企業の役に立ちたいとか、いろいろありました。でも、企業や元請けの広告代理店の事情が優先されて、自分の動機とは重ならなくなるときがあるんです。だから、自分が決裁できる、自分で決められる仕事をやりたいと思って始めたのが、この仕事なんです。


よそのインターネット会社が何をやっているかを考えないで始めた会社ですし、今でも、ほかとどこが違うのか、考えることをしていなんです。もともと「ほぼ日(ほぼ日刊イトイ新聞)」は、僕の「やりたい」思いというより「やりたくないことをやりたくない」思いから始まった事業ですから。


震災以降、僕らはいつもより2~3割増しで働いてきましたが、やっぱり気を抜くと停滞します。食べていけない職業も出てきた昨今、うちだけが大丈夫だと言えるはずがない。「この事業は食べていけるかどうか」。そんな問題意識を持ちながら仕事に取り組まなければと思っています。


僕は弱点を大事にした方がいいと思っています。例えば、「観光」というテーマにおいて、山奥という立地は、通常の価値観から言うと弱点になります。でも、「星がきれいだからわざわざ行きたい」という価値にもなります。不便なことを弱点ではなく、個性と呼べば、その価値が分かりやすくなるでしょうか。


いわゆる仕事のできる子たちが集まった集団がそつなく手がけた仕事と、才能や実力が真ん中より少し下の子たちが一生懸命にやった仕事は、案外、差がないと思っています。弱点があっても、一生懸命に頑張ることが重要なんです。


僕は、バンドマンが観客を呼ぶために工夫するのと同じようなことをやってきました。ミュージシャンが最初にギターを習うとき、ギターでどう稼ぐかではなく、「どういう音楽をつくりたい」「どういう演奏をしたい」といったことを真っ先に考えると思います。利益や売上、顧客の価値について考えるのはずっとあとになってからだと思うんです。たぶん僕も、「まず音楽がつくりたかった」というミュージシャンと同じような感覚で経営してきたと思います。


僕はただ、「こうしたら人が喜ぶんじゃないか」「こうしたら自分が気持ちいいんじゃないか」と思うことを中心にやってきたんです。


僕のやっていることにユニークな部分があるとしたら、「本当は誰も、働きたいなんて思ってないんじゃないか」という疑いから組織のあり方や仕事の仕方を考えてきたことです。そして、この点に秘密があるんじゃないかと考えています。


僕は「仕事をするのが嫌」というのが前提としてあるんです。小さいときから会社に勤めるのが怖くてしょうがなくて。夢に見るほど嫌でした。「何時から何時まで会社に来い」と言われて喜んで来る人がいるとは、僕はいまも思っていません。皆いつでも「どこかに遊びに行きたい」と思っている。そのことを前提に組織や仕事のあり方について考えてきたというのが本音なんですね。


「ほぼ日刊イトイ新聞」は「酔狂なコピーライターがやっている遊び」と見られがちですが、この先もずっと企業として社会の中で存続していきたい。だから客観的に自分たちの個性を評価してくれるところを探していました。
【覚書き|ポーター賞に応募した理由について語った言葉】


お客さんにたくさんの仕事をさせた商品ほどよく売れる。例えば、大雨の中、僕はある演劇を観に行きました。傘を差してもズボンの裾が濡れてしまって不快に思いながら、何百人ものお客さんが傘を手に会場へ向かう光景を見た時、ここまでお客さんに仕事をさせるこの演劇の力は素直にすごいなと感心したんです。お金を支払う側に仕事をさせてしまう商品力、それは一体何なのかと。


生産者側の僕らの仕事は、「お客さんは何をうれしいと思うか」を一生懸命に考えて具現化すること。うれしいと思ってくださって多くの支持を得た商品ほどよく売れます。


仕事そのものが大好きという人はいないというのが僕の持論。その仕事のおかげで「人に喜んでもらえる」「ご褒美がもらえる(評価、お金、栄誉など)」「自分の可能性を広げられる」「自分が楽しい」という4つの要素が欲しいからこそ、モチベーション高く仕事に打ち込めるのではないかと思うのです。


「僕が売ったら売れますよ」というやり手の営業マンは、ほぼ日では要らないんです。現に、ほぼ日は、書籍以外は営業担当がいません。それは、「商品自体が営業マン」と考えて作っているから。


心配性の僕は企画を成功させるに当たり、「こうはならないようにしようね」という考えをメンバーに伝えます。それは僕の経験則から出る言葉ですが、例えば、「うまけりゃうれるべ市。」では、「売ることが目的だけど、それを目的だと思いすぎてはいけない。おいしくなかったら売れないよということを、最初から分かっておかなければいけない」と乗組員に伝えました。


「覚悟の形が柔らかい」と、思いもよらぬ状況に陥った時にも幅広く柔軟に対応できる。強い力で束ねると身動きが取れず苦しくなり、結果、いいものが生み出せないもの。


気仙沼ニッティングは、零細企業ながらも世界中が知っている企業になるようなブランド力を少しずつ育てています。それが長く続くビジネスになるとも考えています。


いい状態で仕事をするためには、健康も大事。僕は、気になっていることをそのままにしないようにしています。この前は産業医の先生に「本当に物忘れがひどくて」って相談したら、脳ドックをすすめてくださったので、すぐに受けてきたんですよ。何にも異常はなく、健康だってわかりました(笑)。体調が悪いのは、体のせいじゃなく、自分のせい。体を言い訳にしないことです。


リフレッシュは京都に行くこと。食事の予定を入れたり、本を読んだり、リゾートでやるようなことをするんです。今は2、3カ月にいっぺんくらいの頻度で行っています。滞在は短期だと2泊3日、長期だと一週間くらい。そういうときこそ考えられることがあるので、仕事の道具は一式、一応送る。けど、たいてい仕事はしません。でも、実はそのときに生まれているアイデアってものすごく多いんです。


スケジュールは、秘書から毎日メールでもらっています。日ごとに更新されていくので、毎日の予定をちゃんとはつかんではいません。でも、そのくらいがいい。スケジュールを把握していると上手にやろうとして、力の入ったスイングばかりになっちゃうというか。やっぱり何があっても、「はい」ってスタートできるようじゃないと、たくさんの仕事を動かせないんですよね。


僕は、自分たちで作っている「ほぼ日手帳」は完全にメモ帳として使い、日々食べたものや観た映画とか考えことを記録しています。そうすると、「あのときこうやったな」「一昨年のあれ、今なら実現できるな」とか考えることができる。


僕は毎日寝る前に腕立て伏せ50回、腹筋20~30回、それとスクワットをやっています。「しまった」っていう写真を見てから一念発起したんです。朝晩には体重計にも乗っています。50グラム単位で量れるものを使っているから、効果が目に見えるし、ゲーム感覚で楽しくなる。長続きするコツかもしれません。


「誰々に会う」「どこどこへ行く」というスケジュールは他人のものです。「スケジュール表が真っ黒」って言い方がありますが、他人のもので埋め尽くされてしまっているので、それを続けているとおかしくなってしまう。


生産力を最大にするのって、僕、夜中なんですよ。夜の10時くらいから、ベッドに入る4時30分くらいまでは、一人になれる。その間にDVDを観たり、犬と遊んたり、ジャムを煮たり……。その足し算が僕を決めている時間であり、僕が生きている時間なんでしょうね。


現場で体を使って初めて学べるものがある。教科書を読むよりも問題集を解いた方が成績が上がりやすいように、何かを始めるには現場で体を動かしながら地元の人の声を聞き、物事を進める。それは、何かを始める一番の近道だと痛切に感じます。


似たような商品やサービスを考えている人は世の中にたくさんいて、そんな中で「似ているんだけど違うもの」だけが生き残っていく。その「違うもの」はすぐ真似ができてしまうものではダメ。


長い助走は真似のしにくいオリジナリティーの創造につながる。オリジナリティーを生み出すには、「目に見えにくい要素」が必要です。例えば、協力していただく方との出会いや、相手をよく知り、自分たちを知ってもらう時間。一緒にお仕事をしていく中で交わした言葉や、考えの変遷など。このような属人的な要素が数多くあった方が真似がしにくいストーリーが生まれ、結果、強固なブランド力につながります


仕事道具に関しては、皆「使いこなしたい」と言い過ぎる気がしますね。使いこなさなければという義務感になると手帳の奴隷になり、毎日が楽しくなくなるんじゃないかな。


ひとつ大きなチャレンジをすれば、達成感や充実感を体感できる。「あの時は大変だったけど楽しかったね」「やればできるもんだね」と、笑いながら皆で口々に言い合える。


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