笹野高史の名言 一覧

このエントリーをはてなブックマークに追加

笹野高史のプロフィール

笹野高史、ささの・たかし。日本の俳優。兵庫県出身。日本大学芸術学部映画学科在学中、自由劇団にスタッフとして入団。大学を中退し、俳優の道に進む。その後、舞台や映画で活躍した。主な受賞に日本アカデミー賞最優秀助演男優賞、毎日映画コンクール助演男優賞、キネマ旬報ベストテン助演男優賞、日刊スポーツ映画大賞、横浜映画祭助演男優賞、日本映画批評家大賞ほか。

自分のできる仕事に集中していくと、ときに神がかったような力が出てきたり、実力を超えた演技ができたりするときがあるものです。そういう瞬間はきっと、どんな仕事にもあるんじゃないでしょうか。そんな「奇跡」があるから、その仕事を愛せるようになる。自分にその瞬間が訪れるまで、もう一歩深く追究していくことが、仕事を好きになるということだと思います。


僕が『男はつらいよ』に出演する際は、前日に撮影現場に入って、明くる日、出番をワンシーン撮り終えたらすぐに帰るのがつねでした。帰り際、渥美(清)さんに挨拶にいくと、「おっ、笹野ちゃん、もう帰っちゃうの?いいねえ、美味しいところだけをサッともっていってスッと帰る。俺も本当はそうなりたかったなぁ」なんておっしゃる。そこには、国民的な映画を背負い続けた渥美さんの本音が、幾分か含まれていたのかもしれません。僕はその言葉を聞いたとき、「そこまでおっしゃってくださるのなら、徹底してやろう!」と誓ったのです。それ以来、僕は自ら「ワンシーン役者」を標傍し、それを誇りとするようになりました。


渥美(清)さんはなぜか僕のことを気に入ってくださって、顔を合わせると決まって、「笹野ちゃん、何か面白いことあった?」と声をかけてくれたものです。僕は若いころ一年半ほど船乗りをしておりまして、そのときの話をよくリクエストされました。聞きながら、「あ、そう!いいねえ」と、あの寅さんそのままの口調で喜んでくださったのを覚えています。僕が役者を続けてこられたのも、渥美さんのおかげなのです。


30代は役者としての自分に悩んでいた時期でした。同い年の柄本明や佐藤B作といった役者たちの活躍をみると、いやぁ、悔しゅうございましたねえ。彼らは若いころから個性的ないい役者でした。かたや自分にはそんな個性があるとは思えない。僕はどんな役もそつなくこなす自信がありましたが、自分は主役を張る俳優ではないんだと思い知らされて、愕然としました。そこで悩んだ末に、とにかく毎日芝居を観ることにしたのです。メモを取りながら、来る日も来る日も同じ芝居を繰り返し観ました。ほかにどうしたらいいか、思いつかなかったんですね。でもそうしていると、次第に落ち着いて考える余裕が出てくる。「自分ならこのシーンをどう演じるか?」と考えるうち、「自分はほかの役者にできないことをやればいい」と思えてきたのです。それからは、出番がほんのわずかの役でも、いろいろと想像してその人物の「履歴書」を自分でつくるようになりました。セリフがたったひと言でも、そこにはその人物の人生がにじみ出てくるはずだからです。そういう思いで真剣に演技と向き合ったのは、とても力になったと思います。


人名ランダムピックアップ


経営・ビジネス・投資・仕事・お金・経済的な分野で成功を収めた人たちの名言を収録しています。

ページの先頭へ